学会報告記:小此木 範之先生(放射線医学総合研究所)
2015年11月19日から21日に、群馬県前橋市のベイシア文化ホール(旧・群馬県民会館)と前橋商工会議所会館で日本放射線腫瘍学会第28回学術大会(JASTRO 2015)が開催された。紅葉のすすむ晩秋の群馬・前橋での地方開催であったが、参加者は約2000人と、大変盛況な大会であった。本教室の中野隆史教授が大会長を務めた本大会では、「高精度放射線治療時代の包括的放射線腫瘍学:Comprehensive Radiation Oncology in High-Precision Radiotherapy Era」をメインテーマとし、放射線治療の物理工学的革新と生物学的革新の融合に焦点を当て、粒子線治療をはじめとした最新の放射線治療、オーダーメイド放射線治療をめざしたトランスレーショナル・リサーチの現状、免疫療法併用放射線治療の最前線など、放射線腫瘍学の「現在」と「未来」を意図する構成であった。
今回のJASTRO 2015には特別な想いがあった。群馬大学大学院腫瘍放射線学の教授である中野隆史先生が大会長を務められ、福島県立医科大学放射線腫瘍学講座の主任教授である鈴木義行先生が実行委員長であったからだ。中野先生は私たちのボスであり、鈴木先生は私の博士研究の指導教官である。つまり、今回のJASTRO2015は、教室を挙げての一大事業であったのはもちろんであるが、私が放射線腫瘍医として生きるきっかけを与え、育ててくれた恩師の晴舞台でもあった。主催側のいちスタッフとして大会運営に貢献できたのは微々たるものではあったのだが、何としてでもこの大会を成功させたいという想いは人一倍強かった。よって本稿は、学術大会の印象記としては、多分に感情が入ってしまうがどうかご容赦いただきたい。
大会初日、明け方まで降っていた雨もやみ、開会の時間が近づくにつれ、緊張が高まる。前橋という地方都市開催ということもあり、もしかしたら参加者が、例年に比べて大きく減ってしてしまうのではないか、と不安になる。今回のJASTRO 2015では、JASTRO史上初めて、英語での演題募集を行った。それにもかかわらず、550題を上回る一般演題の応募があり、主催側としては大変ありがたく感じていたものの、実際どの程度、学会に来ていただけるかは未知であった。しかし、その懸念は杞憂に終わった。初日の午前11時の段階で、すでに参加者は800人を超えた。多少の安堵の中、怒涛の3日間が始まった。
国際化の点から今回のJASTROを見ると、例年にないものであったと言えるだろう。先に述べた英語での演題募集に加え、大会を通じて海外からの演者によるセッションが目白押しであった。どの演者も世界の第一線で活躍している医師・研究者であり、米国放射線腫瘍学会(ASTRO)の第55回学術大会の大会長であるDr. Lawton、欧州放射線腫瘍学会(ESTRO)の次期大会長であるDr. Lievensらによる会長講演はもとより、マサチューセッツ総合病院の Dr. Zietman、Dr. Held、MDアンダーソン癌センターのDr. Komakiなど、錚々たる面々による基調講演が、国内の一学会で聴けたというのは記憶にない。ほか、日中韓シンポジウムも含めれば、実に合計30以上の海外からの演者による講演があり、圧巻であった。また、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長から届いたDVDメッセージは、感動の一言であった。本教室の中野隆史先生は、IAEAの地域協力協定のアジア地域における保健分野の代表として、アジア地域における放射線治療の普及と発展に、20数年来尽力されてきた。中野先生が群馬大学腫瘍放射線学に着任されて以来、教室の基幹事業の一つとして続けてきたものである。天野事務局長からのメッセージ「I thank Gunma University, and in particular Professor Takashi Nakano, for hosting the 28th Annual Meeting of the Japanese Society of Radiation Oncology. Both the University and Professor Nakano are key partners for the IAEA in our human health projects in this region. I am grateful to them for their long-standing support for our work.」を聞き、馬大学腫瘍放射線学の一員として大変光栄であるのはもちろんであるが、中野隆史先生そして群馬大学の長年の国際貢献事業が、かくも大きく評価されていると実感した瞬間であり、私たちが社会のために行動を起こすこと、続けていくことの重要性を改めて実感した瞬間であった。大会1日目にして、不安、緊張、安堵、感激と、様々な感情が押し寄せた。
大会二日目。すでに参加者数は1700名を超えた。そしてこの日も魅力的なセッションが並んだ。「がん免疫放射線療法(Immuno-Radiotherapy)の夜明け」、「粒子線治療の新展開」など、現在の放射線治療の最前線を知るシンポジウムが開催された。とりわけ、鈴木義行先生が座長をつとめた、がん免疫放射線療法のセッションは大変興味深いものだった。ソニフィラン、クレスチンを始めとする非特異的免疫賦活剤や、サイトカイン療法など、がん免疫療法自体の歴史は非常に古いが、少なくとも私が研修医の頃は、JASTROでがん免疫療法をメインとするシンポジウムはなかった。しかし抗PD1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA4抗体などの、免疫チェックポイント阻害剤の有効性の報告が、がん治療の情勢を大きく変え、Science誌の2013年の“Breakthrough of the year”、つまりは医学界のみならず、科学全体の中で重要な進歩として、がん免疫療法が選出されるに至っている。今や手術療法、化学療法、放射線療法と並ぶ、第4のがん治療方法として、免疫療法はその地位を高めている。実際、本セッションには、公式プログラムで最も多い400名以上もの聴衆が集まり、その注目度の高さが伺えた。今回のシンポジウムで取り上げていたように、今後、がん免疫療法をいかにして放射線治療をはじめとする既存治療と併用していくか、その対象をどう見極めるか、ということが重要なテーマになっていくだろう。
大会三日目。この日も、「放射線療法の人材育成と適正人材配置」のシンポジウムや、「外来放射線治療を支える看護」の力と題したワークショップなど、興味深い内容のセッションが数多く開催されたが、中でも印象に残ったのは、「福島県における原発事故と放射線治療の現状」についてのセッションであった。東日本大震災以降、実際に現場で何が起きていたのかについての講演は臨場感に溢れており、また、福島県における小児甲状腺癌のサーベイランスについて講演も、大変興味深いものだった。30万人に迫るベースライン調査と、12万人を超える二巡目調査から、小児甲状腺癌の発生と被爆との関連を示すデータはないこと、そもそも50 mSvを超えて被爆した小児はいなかったこと、今後のフォローアップの重要性などが講演された。福島の震災が起きて早4年が過ぎたが、放射線を扱う学会として、福島で起きたこと、起きていることを、今後もJASTROで継続的に取り上げて行くことが、正しい理解を広げて行く上で、極めて重要であると感じた。
あらためて今、3日間の大会を振り返ると、本当に多くの人にこの学会が支えられていたのだと実感する。特に群馬大学腫瘍放射線学の同門会の先生や、学会運営の中心的な役割を担っていただいた群馬コングレスサポート、コングレの方々のご尽力なくして、この学会の成功は成し得なかったと思う。最後に、当教室の秘書含めた全スタッフが一丸となって取り組んだJASTRO 2015が、実際に参加して頂いた方々にとっても実り多きものであったなれば、この上ない幸せである。