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2021年

寄稿-医学物理士(Medical Physicist)って?〜重粒子線治療施設の場合〜:島田博文先生(群馬大学)

同門の先生より
群馬大学 重粒子線医学推進機構 重粒子線医学研究センター
島田 博文

 あけましておめでとうございます. 重粒子線医学研究センター・物理学部門の島田博文と申します. はじめましての方も多いかと思います. 今回は重粒子線医学研究センターにおける医学物理士業務について紹介します.
 まず,医学物理士って何? どんな業務をしているの? と思っている方も多いと思います.

 医学物理士について簡単に説明しますと,「放射線医学における物理的および技術的課題の解決に先導的な役割を担うもの」とされています.

 また,医学物理士の業務には,①診療,②研究開発,③教育があり,以下の分野で健康に寄与しています.
  

  • 放射線治療物理学分野:エックス線や粒子線を利用してがんを治療する放射線治療における装置開発,物理的品質管理などを通して副作用を抑え,がんを効果的に制御します. 主として放射線治療計画の最適化と検証などを行っています.
  • 放射線診断物理学分野:病気の診断をするための画像診断装置の開発,画質向上,被ばく線量と画質の管理などを行います.
  • 核医学物理学分野:放射線同位元素を使って病気の診断や治療をするための装置の開発,画質向上,被ばく線量と画質の管理などを行います.
  • 放射線防護・安全管理学分野:放射線の害を最小限に抑えます.

(医学物理士認定機構 HP より引用)

 治療分野における医学物理業務として以下があげられます. 医師や診療放射線技師,放射線治療品質管理士の業務との重複もありますが,医学物理学の観点から関与するという点において異なります.
 (1) 治療計画における照射線量分布の最適化および評価
 (2) 治療装置・関連機器の受け入れ試験(アクセプタンステスト)・コミッショニングの計画,実施,評価
 (3) 治療装置・関連機器の品質管理・保証の計画,実施,評価
 (4) 治療精度の検証,評価

(一部、日本医学物理学会資料より引用)

 (1)については,群馬大学では重粒子線治療および強度変調放射線治療(IMRT)の高精度放射線治療計画を医学物理士(支援員含む)が立案・確認を行っています. その計画をもとに医師と相談し最終的な治療計画を決定し,その治療計画が妥当であるかを評価しています. (2)については,治療装置や治療計画装置の更新が数年に一度しかありませんが,こちらも重要な業務です. (3)については,日ごと,月ごと,年ごとの品質管理を医学物理士が放射線技師と協力して測定および解析を行っています.

図 1:重粒子線治療計画中の様子

 さて,前置きがかなり長くなりましたが,重粒子線治療における医学物理士業務についても紹介します. ここまでは,光子線治療の医学物理士業務と共通ですが,重粒子線治療装置の場合は,複数種類かつ多数の装置が複雑に構成されているので,それぞれの装置に対応するために専門性が要求されます. さらには治療施設全体が治療装置みたいなものですので,文字通り広大な守備範囲をカバーしています. 治療装置の構成は加速器系・照射系・治療計画系・医療情報系などと多岐にわたるため,一人ですべての装置を把握することは難しく,7名のスタッフと加速器運転技術員,治療計画支援員とともに維持管理業務にあたっています.

 通常業務は,朝 7 時 30 分の装置起動・点検と Daily QA(Quality Assurance:品質保証)と呼ばれるビームの質や線量の測定(線量校正・測定)のチェックから始まり,日中は治療計画業務をメインに行っております. 治療終了後の業務の姿は,他の医療従事者にあまりに目にされることはありませんが,メインは品質管理・ 品質保証に関する業務を曜日ごとに実施しています. 具体的には,治療計画プランの妥当性を検証するための QA 測定・解析・確認や,患者の治療に用いるビーム条件毎の線量校正値の測定・チェック,治療精度や技術的課題などの検証や調整を行い,終了時刻は測定の種類や数によりますが遅いと 24 時になることもあります.

 また,あまり起きてほしくないのですが,装置の異常や故障が発生した際のトラブルシューティングも非常に重要な業務です. 運転技術員と一緒に原因調査を行い,患者さんへの影響を極力小さくするため早期の復旧を目指します. ちなみに,重粒子線治療装置はどこか一箇所でも故障を疑われる異常信号が上がると安全装置(インターロック)が作動し,全システムが停止する仕組みになっています. 「Fail safe」と言って,誤操作・誤動作による障害が発生した場合に常に安全に制御するように設計されているので,過剰照射などは起こらないようになっています.

図 2:加速器装置の状態監視モニタ

 研究・開発については,治療の効率化や高精度化,安全性の向上のために,装置やシステムの改善や高度化研究をメーカと協議しながら臨床にフィードバックできるよう日々取り組んでいます. 残念ながら薬機法の高い壁に阻まれることも多々あり,医療装置の開発の難しさを感じています. また,多職種(医師,看護師,放射線技師)との共同での研究も多数行っており,職種の垣根なく臨床も研究も良い雰囲気で業務を行っており,これだけ多職種が連携できている部署も院内見渡してもなかなかないと思います.

 教育や社会貢献については,臨床実習や医療従事者,一般の方の見学対応や,取材の物理的視点からサポートなども行っており,重粒子線治療の理解を深めてもらうようないわゆるアウトリーチ業務も行っています.重粒子線治療施設を見学したい方は,事前にご連絡いただければ対応します. 30 分のお手軽コースから 2 時間のがっつりコースまでご用意してお待ちしております. 物理や装置が苦手な方にも分かりやすく説明するよう心がけていますのでお気軽にご連絡ください.
 また,大学院生向けの講義・実習も担当しており,見学では説明しきれないディープな内容の講義も行っています. もっと詳細に知りたいという方は大学院で重粒子関係の講義を是非履修してみてください.

図 3:NHK 「チョイス@病気になったとき」 取材撮影風景

 続いて,この 1 月から実施される重粒子線治療装置のメンテナンスについて簡単に紹介します. 今回は装置の定期点検と治療装置の一部更新が行われます. 重粒子線治療装置は大きく分けると加速器系と照射系から構成されます.更に細かく分類していけばそれぞれに電源装置や制御装置など非常に数多くの装置があり,ここですべてを書くことはできないですが,部品レベルのものまで入れると数百の装置が点検対象となります. 年末年始だけでなく年間を通して週末などに分散して点検を行っていますが,点検に期間を要するものは治療を止めて集中点検として行います.

 今回のメンテナンスの一部ですが,真空管アンプ(図 4)の交換について紹介します. 真空管アンプはシンクロトロン加速器へビーム入射するための「線形加速器」の高周波電力を増幅させます. 詳細は割愛しますが,音楽オーディオが好きな方ならご存知の音源を増幅し音質を調整するアンプ(図 5)と役割は一緒です. 当たり前ですがその大きさが全く異なり,数 W の家庭用オーディオアンプに比べ,一番大きいものは水冷式の 500kWアンプでAMラジオの放送基地局の電波増幅用のアンプと同程度です(AMラジオはFMに比べ遠くまで電波を飛ばすため高出力です). サイズ感も下図の写真を比較して頂けると大きさの違いが分かると思います. この500kWのアンプはフランス・THALES 社製で 14 ヶ月もの納期がかかり,交換・調整だけでも数日間を要します. 特にビーム を生成・加速するために真空が維持されている箇所を開放して点検する場合は,大気圧から元の真空度(場所によっては10−8Pa程度の高真空)に戻るまでに丸1日程度の時間を要します. したがって,通常時に加速器などの装置を停止させても,真空ポンプだけは常に稼働させていなければなりません.

図 4:500kW セラミック真空管アンプ(前回交換時の様子)
図 5:私物のオーディオ用ガラス真空管アンプ
(現在主流のトランジスタアンプより音が柔らかいです!)

 最後になりますが,当院の重粒子線治療装置は 2009 年 3 月に治療開始してから約 12 年が経過しましたので,今後は各装置の更新を計画しています. 色々と難題が山積みではありますが,物理スタッフだけでなく重粒子線医学センターのスタッフと協力しながら次世代の群馬大学の重粒子線治療装置を構築できるよう日々研鑽を積んでいきたいと思います.
 最後までお付き合い頂きありがとうございました.

(この寄稿は群馬大学腫瘍放射線学教室メールマガジン第181号(2021年1月)に寄せられたものです)