近況報告ー土田圭祐先生(がん研究センター中央病院)

(はじめに)

皆様こんにちは。医師5年目(入局3年目)の土田圭祐と申します。新潟大学出身で、学生時代より放射線治療に関心があり、群馬大学病院で初期研修を行い、群馬大学放射線科に入局させていただきました。

もともと、学生時代に一学年下の妻と学生結婚をし、今年小学校に入学した長男がおり、共働きであり、子育てのことなどを考え、入局1年目より国立がん研究センター中央病院にて後期研修を行っています。医局の先生方には、家庭のことを御考慮いただき、とても感謝しています。昨年10月に長女も生まれ、家の中は動物園状態であり、家庭にかなりのエネルギーをそそいでいる状況であります。今回は、3年間勤務させていただいている国立がん研究センター中央病院のことと、子育てについてお話したいと思います。

 

(国立がん研究センター中央病院)

1962年にがん医療の拠点として創設されました。場所は今話題の築地市場の目の前で、銀座まで歩いて5分ぐらいです。場所はかなりハイソなところにありますが、私の場合は妻の実家暮らしで、毎日車の中でコンビニのおにぎりを食べながら一分一秒を争いつつ帰っているような生活で、グルメな暮らしとは程遠いです。本題に戻しますと、がん研究センター中央病院放射線治療科には4台のリニアックと1台のサイバーナイフ、最近導入されたViewray社のMRIdian (MRIでリアルタイムに腫瘍の移動をみながら、Gating照射を行う装置。実際の腫瘍の動きをみるとなかなか感動的です。)、

他に同室CTを有する小線源治療室があり、高精度治療から小線源治療まで、粒子線治療以外はほぼ全て行なっています。

新患数は年間あたり2500人以上と多く、どの分野の治療も万遍なく経験させていただいています。日々忙しいながらも丁寧に患者さんの利益になる最善の治療を提供できるよう、日々こころがけて診療を行っています。

 

(子育てについて)

妻も医師としてフルタイムで働いており、祖父母の協力もありますが、色々とやることも多く忙しくやっています。2人の子供が騒いでいるとなかなかchaosな状態ですが、笑顔を見ると安らぐこともあり、頑張る支えとなっています。仕事とはまた違う得難い経験も得られることであり、頑張らなくてはいけないと思っています。

 

(おわりに)

少し離れたところで勝手にさせていただいており、なかなか医局の活動に参加も出来ていませんが、何かの度に声をかけていただいたり、気にかけていただいたりと、医局の先生方には大変ありがたく思っております。今後ともご指導、ご鞭撻の程、何卒よろしくお願いいたします。

近況報告ー宮坂勇平先生(放射線医学総合研究所病院)

(はじめに)

皆様、こんにちは。医師4年目(入局2年目)の宮坂勇平と申します。昨年4月に群馬大学大学院腫瘍放射線学教室に入局し、昨年10月から放射線医学総合研究所病院(放医研)で勤務しています。また、入局と同時に大学院博士課程(リーディングプログラム)に進学し、研究活動を行っています。この度、近況報告の機会を頂きましたので、簡単ではありますが報告致します。

(放医研について)

昨年、放医研では大きな枠組みの再編があり、高崎量子応用研究所、関西光科学研究所、那珂核融合研究所、六ヶ所核融合研究所とともに、量子科学技術研究開発機構(量研機構;QST)の一員となりました。また、今年は創設60周年という節目を迎えます。

放医研では昨年、第5世代量子線治療装置(量子メス)の開発計画が発表されました。具体的には、重粒子線治療装置の大幅な小型化・低コスト化と、さらに高い治療効果を目指したマルチイオン照射の開発に関して、住友重機械、東芝、日立製作所、三菱電機と包括的協定を結んだことが各種メディアに取り上げられました。今年5月からは回転ガントリーを用いた重粒子線治療の臨床試験も始まりました。最先端の環境で仕事をすることは非常に得難い経験だと感じています。

私は、小此木先生のご指導のもと、主に婦人科腫瘍全般の診療に携わっています。臨床はもちろんのこと、J-CROS(Japan Carbon-Ion Radiation Oncology Study Group)の分科会などにも参加させて頂き、重粒子線治療の現状や将来の展望について広く学ぶ機会を頂き、大変勉強になっています。

(大学院研究について)

大学院では、子宮頸部腺癌に関するテーマを頂き、吉本先生のご指導のもと研究活動に取り組んでいます。分からないことばかりの状態からのスタートでしたが、多くの先生方のサポートを頂き、研究を進めています。現在、放射線科ではほとんどの若手医師が大学院に進学していますので、大学院生同士で気軽に相談し合える環境にも大変助けられています。

リーディングプログラムでは、海外の著名な先生方からレクチャーを受ける機会が多く、その度にとても良い刺激を受けています。また、昨年夏には ASTRO(American Society for Radiation Oncology)に参加し、今年は、小此木先生のご指導のもとPTCOG(Particle Therapy Co-Operative Group)で発表を行うなど、国際学会に参加・発表する機会を頂き、自然とグローバルな視点でがん治療を考えることが多くなったと感じています。

(おわりに)

このように充実した環境で仕事が出来ていることは大変得難いことであり、中野教授をはじめとした先生方のお陰であると思います。ありがとうございます。

まだまだ経験の浅い自分にとっては毎日が学びの機会ですので、今後とも精一杯、臨床に研究に励んでいきたいと思います。

着任挨拶ー野田真永(埼玉医科大学国際医療センター)

着任にあたり

平成29年4月1日付で着任しました、埼玉医科大学国際医療センターについて紹介します。当院は年間放射線治療患者数が約1400人で常時国内ベスト10には位置しています。また当院には連携しているいずれのがん診療科も教授陣をはじめ、国内を代表するエキスパートが揃っており、がん治療アクティビティが非常に高く、私もやりがいを感じながら日々の診療を行っています。キャンサーボードでの難治症例について、各診療科からの建設的な意見の応酬からは、担当医のがん患者に対する真摯な姿勢が感じられます。
当科常勤スタッフは同門である加藤真吾教授、岡崎祥平先生、小松秀一郎先生を含めた6名の医師と3名の医学物理士です。医学物理士とは同室で治療計画をし、昼食も共にする間柄であり、情報の共有が図れます。また、看護師、放射線技師も隣室で働いており、職種間の垣根が低く、まさに全員で放射線治療を作り上げている感覚があります。
放射線治療の種類としては、直線加速器による高精度放射線治療とサイバーナイフによる定位放射線治療、そして高線量率・低線量率小線源治療が行われており、粒子線治療以外の全ての治療が当院では実施されています。症例数は豊富であり、岡崎先生、小松先生が中心となり毎日1日平均6件の外部照射の治療計画を担当します。小線源治療も週平均で子宮頸癌が4件、前立腺癌が高・低線量率各1件の症例がありますので、両先生ともに常に上級医からのフィードバックを受けながら、非常に良い経験を積んでいます。若手医師には、この診療の中から生じる臨床的疑問点について、積極的に学会発表や臨床研究の論文発表として報告することを奨励しています。これまでにも田巻倫明先生や阿部孝憲先生も当院在任中に数々の論文を執筆されました。
また、当院の特徴として、各診療科において国内外の臨床試験が多数実施されていることもあげられます。私も乳癌治療ではNRG-oncology*の臨床試験に放射線腫瘍医として参画しています。こういった活動により、国際的大規模臨床試験の流れを習得することができます。
そしてついに、2年後には先端放射線治療センター(新棟)が開設されます。今年度中に建設が開始される新棟には、現在の倍にあたる4台の高精度放射線治療対応型直線加速器と最新型のサイバーナイフも導入されます。これにより、当院放射線治療部門の年間治療患者数は増加し、がん研究センター中央病院や癌研有明病院のような大規模がん治療専門病院のそれに近づいていくことを想定しています。その一方で、当院は大学病院の一つであり、シニアレジデントらに対する臨床研究を含めた卒後教育ならびに医学生に対する放射線腫瘍学の啓蒙という卒前教育の充実を図ることも大切な使命であると認識しています。昨年度までは群馬大学の中野隆史教授のもとで後進の指導にあたる機会を多数頂いてきました。その中での成功も失敗も、今では指導医として成長するための糧となっていることを実感しています。今後は群馬大学で培った経験を埼玉医科大学国際医療センターでの教育・研究・診療に生かし、これまで以上に、若手医師が当院での研修をすれば、がん治療医として大きな成長を自覚できるような施設となるよう、私も当院の後期研修をはじめとする卒後教育体制の充実化に邁進してまいります。

NRG-oncology*:The National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project (乳癌)とhe Radiation Therapy Oncology Group (放射線治療)とthe Gynecologic Oncology Group (婦人科腫瘍)の3つのがん治療組織がアメリカ国立がん研究所のもとに合併した組織。

平成29年4月吉日

埼玉医科大学国際医療センター放射線腫瘍科 
教授 野田真永

短期インターンシップ報告ー大西真弘先生(群馬大学)

 皆さま、こんにちは。この4月で入局4年目になります、群馬大学医学部附属病院の、大西真弘です。今回、重粒子医工学グローバルリーダー養成プログラム(リーディング大学院)で、2週間の短期インターンシップを行う機会を頂き、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンにあるアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration, NASA)Johnson Space Center(JSC)にてインターンシップを行いましたので、報告させて頂きたいと思います。
 テキサス州はアメリカ本土南部、メキシコとの国境に位置しており、その面積はアラスカ州についで第2位で、およそ日本の2倍の広さです。日本との時差はマイナス14時間です。ヒューストンはテキサス州最大の都市で、Space Cityという愛称で呼ばれています。ヒューストンでは、移動手段はほぼ自家用車です。街ではスクールバスは時折見かけますが、歩いている人はほとんどいませんし、自転車もタクシーも見かけません。私の宿泊先はJSCにもっとも近い立地にあるホテルで、入り口までは徒歩10分ほどでしたが、センターの中は広大で、研究室まで歩いて30分以上かかりました。その後、自転車をお借りして、通勤時間は短くなりましたが、生活をするには車は必須で、つぎに来るときは国際運転免許を持ってきたほうがいいと言われました。
 JSCは全米に10施設あるNASAのフィールドセンターのひとつで、宇宙飛行に関する訓練、研究、管制センターの役割を担っています。よく知られているフロリダのケネディ宇宙センターは、有人宇宙飛行のための発射場です。私は、Human Adaptation and Countermeasures DivisionのRadiation Biophysics Lab ManagerであるWu, Honglu先生のもとで、インターンシップを行いました。Honglu先生の研究室では主に、微少重力、宇宙放射線による細胞や遺伝子に対する影響について研究を行っています。私がインターンシップを行った37番の建物は歴史的は、アポロ計画において月から帰還した宇宙飛行士からの未知の病原体の感染を予防するため、宇宙飛行士が隔離され、検査が行われた建物です。現在は、ライフサイエンス分野の研究が行われています。私は主に、ドイツから来ているMaria Moreno-Villanueva先生のご指導のもと、実験を行いました。
 インターンシップ初日には、血液を取り扱う実験を行うにあたり、NASAの血液防護の安全講習会を受講しました。2日目以降は、基本的には、朝は8時より実験を開始し、昼の休憩を挟み、夕方まで実験を行いました。少し意外に思いましたが、研究室のメンバーは朝8時には規則的に出勤し、夕方までしっかりと働いていました。JSCでは土日の休日に加えて、平日に1時間ずつ長く働くことで、2週間に一度は金曜日を休日にしているような工夫がなされていました。実験は具体的には、宇宙飛行士から採取した血液サンプルからリンパ球を分離し、PCR法にてDNA解析を行ったほか、健常者ドナーの血液サンプルから分離したリンパ球を疑似微少重力下で培養し、放射線照射や薬剤投与によって生じる影響についてフローサイトメトリー法などを用いて解析を行いました。また、蛍光顕微鏡を用いて染色体異常を観察するなど、さまざまな経験をさせて頂きました。血球分離からフローサイトメトリーまでの一連の実験は、ひとりで出来るまでになり、教えて頂いたテクニックは、現在行っている自身の研究にも活かすことができるものでした。
 そのほか、いくつか他の研究室の見学も行いました。免疫学の研究室においては、宇宙の微少重力下で使用するために開発されたフローサイトメーターが印象的でした。Spacesuit life support designを行っているHeather Paul先生の研究室では、微少重力下において生じる骨粗鬆症や筋力低下を防ぐための宇宙飛行士のトレーニングについて講義を受けました。また、国際宇宙ステーションの利用についてNASAとの調整を行っている宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency, JAXA)ヒューストン駐在員事務所を訪問する機会を頂きました。久留所長より、JAXAが行っている事業や国際宇宙ステーションの船内実験室「きぼう」における宇宙実験について説明を受けました。今回のインターンシップについて話をしたところ、今後、文部科学省などと協力して、日本の学生がNASAでインターンシップが行えるような枠組みを作っていきたいと仰っていました。久しぶりに日本語で話をして、ほっとしました。
 週末は、Honglu先生のご自宅にお食事に招いて頂きました。Honglu先生は、テキサスだからだよ、とおっしゃっていましたが、広大な敷地にプールやテニスコートもある豪邸で、庭で巨大なステーキをグリルで焼いて頂き、楽しい時間を過ごしました。
 今回のインターンシップは、重粒子線治療に直接的に関わるものではありませんが、人類の夢を現実にする最先端の研究を行っているところでは、群馬大学の重粒子線治療とNASAの精神は共通するものがあり、その中で、インターンシップを実施出来たことは有意義でした。英語で言いたいことをうまく伝えられないことも多々ありましたが、どの先生にも親切にして頂き、帰るときには、Honglu先生に、今度は長期に研究しに来るといいと言って頂き、嬉しかったです。
 今回のNASAのインターンシップは、高橋昭久教授にHonglu先生をご紹介頂き、実現しました。重ね重ね厚く御礼申し上げます。また、このような貴重な機会を与えて下さった中野隆史教授、医会の諸先生方、手続きを手伝って下さった事務の方々に、この場を借りまして心より感謝申し上げます。

近況報告ー森康晶先生(前橋赤十字病院)

 2017年4月より入局する森康晶(もりやすまさ)と申します。今後ともよろしくお願いいたします。生まれは青森県五所川原市です。立ちねぶたで町おこしを頑張っているようです。
 2015年3月に群馬大学を卒業し、前橋赤十字病院で初期研修をしています。群馬大学には学士編入学で2年時から編入しました。以前は東京にある日本獣医生命科学大学の獣医学部獣医学科に在学、6年生時10月に編入学試験を受けて合格、現在に至ります。同時期に獣医師国家試験も合格して現在はダブルライセンスです(獣医師免許を行使したことはありませんが…)。
 医学部へ入ろうと思ったきっかけは、獣医学部5年生時にあった分子標的薬についての授業で興味がわき、臨床研究をしたいと思ったことです。そのため、当初の志望科は腫瘍内科でした。ですが、東京都内の病院などを見学して、現在の日本の縦割り診療の状況では腫瘍内科としてキャリアを積むことや科が存在する病院がないこともあって難しさを感じました。群馬大学に入学して重粒子線を含めた放射線治療について知り、必修ポリクリ・選択ポリクリ・飲み会など参加させていただきました関係で切らない癌治療としての放射線治療に興味がわき、いろいろ考えた結果、放射線治療科への入局を決めました。
入局と同時に大学院にも進学いたします。至らぬ点多々あり、ご迷惑をおかけすることがあるかと思いますが、御指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

  
  

近況報告ー小松有香先生(群馬大学)

4月から入局予定の小松有香(旧姓:重田)と申します。10月に同期の小松君と入籍しまして、入局後は苗字を小松にすべて統一させていただく予定です。皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
私は群馬大学出身ではなく、杏林大学という私立の医学部で大学6年間を過ごしました。出身地は群馬県で、高校は前橋女子高校です。大学卒業後は群大で2年間研修させていただいています。研修医としての2年間のうち13か月という長い期間、放射線科を選択させていただきました。私の代から、内科枠として最大2か月間、放射線科を選択することができるようになり(病棟があるからという理由で)、自由に選択できる11か月間と合わせて最大限放射線科をローテートさせていただきました。
私が放射線科医になろうと決めたのは医学部5年の夏です。それまでは漠然とですが、婦人科腫瘍に興味があったため、産婦人科志望でした。ですが出身大学のポリクリで婦人科を回り、当時担当してくださった先生に相談した際、「先生は婦人科、向いてないと思う。」とはっきりと言われてしまい、考え直すことになりました。文脈的には、産婦人科は体育会系のような雰囲気で、それが向いていないと言われた理由と捉えました。杏林大学は群大と異なり、立地が良い(最寄りは吉祥寺駅)などの条件から研修医がかなり集まる大学病院(1学年60人定員でフルマッチすることも)で、学生の勧誘はあまり盛んではありません。ポリクリの時に、はっきり言っていただいたおかげで、外科系に進むことは諦めました。そして次に考えたのが腫瘍内科です。婦人科腫瘍だけでなく、何かしら癌治療に携わりたいなと考えていたため、腫瘍内科のようにいろいろな癌患者さんに関わることができる科が魅力的に思いました。しかし、腫瘍内科は新しい分野のため存在する病院が限られており、腫瘍内科がある病院に実習に行ったりもしましたが、なかなか実際は難しいなと感じました。
前置きが非常に長くなりましたが、いろいろ考えた末、放射線治療に至りました。杏林大学ではポリクリの放射線治療の実習がわずか3時間しかなかったのですが(実際の治療の様子と外来見学込みで)、私には放射線科医の知り合い(神奈川県立がんセンター放射線治療科部長 兼重粒子線治療科部長:中山優子先生)がいらっしゃったため、放射線治療科というものがあるということを知っていました。中山先生がいらっしゃらなかったら、まず放射線治療の存在が頭に浮かんでこなかったと思います。中山先生は私が小学生の時、家が隣で、また中山先生の娘さんが私と同じくらいの年であったため、よくお互いの家を行き来していました。放射線科の先生方が中山先生の家で飲み会をしているのも見たことがあり、物心ついた時から実は縁があったのではと感じています。
そんな訳で放射線治療に興味を持ち、医学部5年の夏に群大の放射線科を見学、6年生の時に1か月間実習させていただいた末、放射線科医になることを決めました。
因みに同期の小松君は、研修医になった当初は麻酔科医になると決めていました。ですが、同期欲しさに私が勧誘し、そして成功しました。共に頑張りますので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

近況報告ー小松秀一郎先生(群馬大学)

 はじめまして。平成29年度入局させていただく、小松秀一郎と申します。今後とも末永くよろしくお願いいたします。
 私は平成27年3月に群馬大学医学部を卒業し、同大学附属病院にて初期研修をしております。学部生時代は、硬式テニス部に所属しておりました。OB・OGには野田真永先生、渋谷圭先生、岡野奈緒子先生、小林大二郎先生といった偉大な諸先輩方がおり、安心と同時に気が引き締まるような思いで現在大学にて放射線治療の研修をさせていただいております。
 学部生時代には英語のプレゼンテーションという鮮烈なジャブから始まった当科でのポリクリは、全科の中でも最も印象的な実習となりました。アカデミックな雰囲気と重粒子線治療や留学というスケールの大きな話が繰り広げられる当医局に対して強烈な羨望を覚えたのを今でも覚えています。医師として何か大きなことを成したい、エビデンスを発信するようになりたい、という気持ちが強くなり、悪性腫瘍という世界最大級の病の治療に携わるべく群馬大学医学部放射線腫瘍学教室の門をたたきました。
 放射線科での初期研修では青チーム(婦人科・食道・脳)5ヶ月と緑チーム(頭頸部・肺・リンパ腫)3ヶ月を回らせていただきました。病棟マネージメント、治療計画など日々の業務に慣れることができたのも、層の厚い優しい上級医・若手医師のおかげです。また、研修医ながらThe 7th International Society of Radiation Neurology Conferenceという国際学会での英語ポスター発表の機会もいただき、貴重な経験を得ることができました。各種カンファレンスの折々で、世界の中野教授の哲学を学ばせてもらうこともできました。日々エキサイティングな研修をさせていただいております。
 平成29年度入局者は私を含め3人で、その一人の森先生とは学部時代からの付き合いでもあります。また、もう一人の重田(旧姓)とは大学での初期研修で知りあい、研修後半に結婚いたしました。夫婦共々放射線科に入局いたします。
 平成29年4月からは群馬県外での勤務の予定です。同時に大学院進学予定です。早く一人前になれるように、大学院研究が進められるように、邁進していきたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

近況報告-岩永素太郎先生(群馬大学)

JASTRO報告記

皆様、こんにちは。岩永素太郎です。今回11月25日から11月27日にかけて京都で日本放射線腫瘍学会第29回学術大会が開催されました。僭越ながらその報告記を担当いたします。
今回も本教室から多数の演題発表がありました。ポスター、一般演題、要望演題、教育講演など多くの範囲で皆様の日頃の成果を示していただきました。その中でも吉田由香里先生が「炭素線分割照射治療におけるマウスモデルを用いた治療効果比の評価」という演題で梅垣賞を受賞されました。また、若手では昨年の岡崎祥平先生に引き続き、重田有香先生が「同時化学重粒子線治療により完全奏功が得られた口腔悪性黒色腫の一例」で優秀教育展示賞を受賞されました。本当におめでとうございます。
話はかわりまして、ご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、近年大会二日目の情報交換会ではJASTROオーケストラによる演奏が行われています。本大会でも情報交換会のオープニングに演奏が行われました。群大からは水上先生(トランペット&フルート)、重田先生(ホルン)、熊澤先生(ヴィオラ)、岩永(チェロ)の4名で参加いたしました。曲はビゼー作曲「カルメン組曲」より「闘牛士」、ビートルズメドレー、そしてシュトラウス作曲「ラデツキー行進曲」でした。なおビートルズメドレーは平岡大会長の趣味が反映されているのではないかという噂でした。演奏者は本番前夜に約2時間の全体練習を行い、本番の前にも午後3時から全体練習を行うという力の入りようで、全体練習中には自身の発表や座長の時は一時抜けて、それぞれの役割が終わればまた練習に参加するというハードスケジュールをこなしていました。私がJASTROオケに参加するのは今回で2回目となりますが、先生方の変わらぬ音楽への情熱には未だに驚きを禁じ得ません。情報交換会本番では参加者の皆様に楽しんでいただけたのでないかと思っております。また、今回はオーケストラ単独の演奏だけではなく、京都大学の学生さんと会場の皆様の合唱と一緒にビートルズの「Let It Be」を演奏させていただきました。学生さんの合唱と一緒に練習したのは本番直前の1回だけと、こちらもタイトなスケジュールでしたが、何とか無事に演奏することができました。今回会場で聴いていただいた皆様、日頃から応援していただいている皆様、誠にありがとうございます。今後も精進していきたいと思っております。
以上JASTRO(オケ)報告記でした。

近況報告ー村田裕人先生(日高病院)

皆様、こんにちは。医師8年目となりました村田裕人です。現在は、日高病院腫瘍センターで、トモセラピーによるIMRTを担当する日々を送っております。僭越ながら、2016年10月20日(木)~22日(土)にかけてパシフィコ横浜で開催された、第54回日本癌治療学会学術集会(会長 群馬大学大学院医学系研究科 教授 中野隆史)の学会報告記の筆を執らせてい頂きます。

大会長はご存知の通り、当教室を支える中野教授が務められました。日本癌治療学会は1963年に設立された、会員数17,000を超える本邦最大の領域・職種横断的がん関連学術団体です。群馬大学が本学会を主催するのは、実に43年ぶり、第11回(1973年)以来となります。歴代の会長の多くは外科系であり、放射線科から大会長が選ばれること自体が稀な中、歴史と伝統のある癌治療学会の会長に選出された中野教授の偉大さが改めて身に染み、スタッフとして運営に少しでも携われたことを嬉しく思います。

本学術集会のテーマは、「成熟社会における,がん医療のリノベーション」です。単にがんを治すだかでなく、個々の背景を尊重・理解し、患者の人生そのものを一緒に考え、最適な治療法を提案するという、真の意味での医療者として患者・家族の支えになるというパッションが込められています。プラグラムにも随所に、高齢者への治療、補助療法、ケアサポート、教育、人材育成などの全医療的なセッションが設けられ、熱い議論がなされました。

大会1日目の特別講演には国際原子力機関(IAEA)事務局長の天野之弥先生にご登壇頂きました。このような貴重な講演が実現できたことは、放射線治療の発展途上国への普及という国際貢献に当教室が長年携わってきた経緯をご評価頂いた賜物でした。

大会2日目の会長講演の後には、オートファジーの研究で2016年10月3日にノーベル生理学・医学賞を単独受賞された大隅良典先生の特別講演がありました。大会参加者の全員が注目する講演であり、会場の混雑が予想されるため、もっとも収容人数の多い国立大ホールに会場変更を受賞が決まってから急遽変更し対応し、大盛況となりました。大隅先生の講演が決定したのは、もちろんノーベル賞受賞前のことです。中野教授が、特別講演の演者には、未来のノーベル賞候補者にお願いするといっていたことが、タイムリーに具現化した衝撃、先見の明には驚嘆いたします。

大会3日目には、世界的なジャズピアニストで、群馬県桐生市出身の山中千尋さんの特別コンサートが開かれました。大会2日目夜の会長招宴でも山中千尋さんにご演奏頂いています。現在はニューヨークを拠点に活動され、世界各地でコンサートを開催されています。今回、群馬大学が主催にあたり、本大会中の演奏を郷土愛から快く引き受けて下さりました。コンサートの最後は必ず桐生市名物「八木節」で締めるとのことで、初めて生演奏を拝聴しましたが、民謡とジャズの融合、アレンジが素晴らしく、感動しました。

他にも、工夫を凝らしたプログラムが設けられました。例えば、従来の教育講演をインターナショナルセッションとし、各がん腫ごとに第一人者である先生に登壇頂き、前半は日本人演者からの発表、後半は海外演者からの発表、最後にディスカッションの時間があり、日本、欧米の最新の診療ガイドライン、トピックを学ぶことが出来ました。

大会中には、群馬大学大学院博士課程の重粒子線医工学連携グローバルリーダー養成プログラム(通称リーディングプログラム)に所属する大学院生による国際シンポジウムも開催されました。英語による自身の研究のプレゼンテーション、質疑応答がありました。ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院のRadiation Oncology部門のトップであるJay Loeffler先生などの海外の著名な先生方にもご参加頂き、国際色豊かなアカデミックな議論の場となりました。

大会3日目の午後には、がんジュニアセミナーin横浜も開催しました。本学会のプレイベントとして10月1日(土)に市民公開講座・重粒子線がん治療施設見学会を開催し、同日にがんジュニアセミナー in 前橋も開催しています。小学生高学年向けのがん教育であり、講師は群馬大学放射線科、外科の若手医師が務めました。メモを取りながら熱心に授業を聞く小学生のひたむきさに、自分も励まされました。

レセプション、おもてなしなどでも、随所に群馬らしさが取り入れられました。ポスター会場のある展示ホールでは、伊香保温泉から直送の足湯コーナー、無料での焼き饅頭の提供、群馬物産・観光案内コーナーを設けました。ランチョンセミナーでは、おぎのやの峠の釜めし、会員懇親会では、上州牛のローストビーフや地酒などが振舞われました。会員懇親会での開会セレモニーで行われた、羽織袴姿の中野教授を先頭にした神輿行列での入場シーンは圧巻でした。高崎まつりで高崎鞘町 右京會の方々と一緒に普段からと神輿を担がれている中野教授の晴れ舞台のため、沢山の右京會メンバーに高崎から駆けつけて頂きました。高崎頼政太鼓の方々にも素晴らしい太鼓の演奏を頂きました。懇親会の最後には、もはや伝統芸能の域に達した、当教室の川原先生、入江先生、岡崎祥平先生による応援団エールで会場を盛り上げて頂きました。

大会前夜の代議員懇親会から始まった3日間強の大会運営の有終の美となる閉会式では、大会長の中野教授と大会運営の中心となった野田先生による達磨への目入れが執り行われ、次回大会長となる北里大学外科の渡邊教授には中野教授から、次回大会の成功を祈願して、新調の達磨の贈呈が行われました。

大会中は晴天にも恵まれ、参加総数も9,000名を超える大盛況で、大会運営を無事成功裏に終了いたしました。昨年の前橋で開催した日本放射線腫瘍学会第28回学術大会に続いての、2年連続での大きな大会運営を当教室員、同門会一丸となって乗り越えることの出来た、非常に達成感のある充実した年となりました。群馬大学放射線科の熱いソウルはこれからも燃え続けることでしょう。以上、学会報告記でした。