【放射線生物学研究の現状】

レントゲン博士によるX線の発見(1895年)以来、100年以上にわたり連綿と、放射線の医療応用のための研究が続けられてきました。そして現在、X線治療は急速な発展のただ中にあります。近年のX線治療の発展は、三次元治療計画装置や強度変調放射線治療(IMRT)の開発など、コンピューター科学および医学物理学の技術革新に大きく依っています。しかし、これらの高精度X線治療技術を持ってなお、制御することが困難ながんが存在することも事実です。このいわゆる「X線抵抗性がん」は、「放射線生物学」によって克服されることが期待されています。

分子生物学の研究分野も近年革新的に進歩し、がんの特性が数多く解明されてきました。なかでも、ドライバー変異プロファイリング、リン酸化を中心とした細胞内シグナル伝達、抗腫瘍免疫などの分野における研究成果は、分子標的薬やがん免疫療法を用いたテイラーメイドがん治療に応用されています。

それでは、「放射線生物学」はどうでしょうか?腫瘍内の低酸素領域における放射線抵抗性、がん抑制遺伝子TP53失活変異によるアポトーシス耐性、腫瘍の増殖や悪い予後の予測因子としてのMIB-1(Ki-67)やsurvivinなど、腫瘍の放射線感受性を調節する因子についての分子生物学的理解は確実に深まってきています。しかしこれらの研究成果のうち、放射線治療の実臨床において治療方針を左右するほどまでに応用されているものは限定的であるといわざるを得ません。したがって、放射線生物学の研究成果を臨床に応用し、がん患者さんの利益として還元するために、より一層の努力が求められていることは間違いありません。

一方で、重粒子線(炭素イオン線)治療という、まったく新しい放射線治療があります。重粒子線はX線と比較して、物理学、生物学の両面において優れた性質をもつことから、X線抵抗性がんに対する「切り札」として臨床での適応拡大が期待されています。ですが、その高い抗腫瘍効果をもたらす機序や、がん種ごとの至適線量ならびに最適な治療スケジュールなど、今後明らかにしていかなければならない研究課題がまだまだたくさんあります。群馬大学でも既に重粒子線治療の臨床試験が開始されていますが、その論理的裏付けとなる生物学研究は欠かせないものです。重粒子線治療は日本が世界をリードする先端的がん治療技術であることから、同分野の生物学研究の推進は、我々日本人の責務であるといえます。

以上から、放射線生物学の研究成果の臨床応用、および放射線治療臨床の基礎的裏付けの両者の達成のために、基礎研究者と臨床医が手を取り合った「translational research(基礎と臨床の橋渡し研究)」が強く求められています。

 

【当教室の研究支援体制】

当教室は創立以来、長年にわたり放射線生物学研究に取り組んできました(実績欄参照)。加えて近年は、重粒子線医学研究についても、臨床、物理、生物の全方位的に押し進めています。

平成16年度から5年間、世界最高水準の研究教育拠点の形成を目的とする国家プロジェクト「21世紀COE(Center of Excellence)」に、当教室が主体となって提案したプログラム「加速器テクノロジーによる医学・生物学研究」が採択されました。さらに平成23年度から7年間、国際的に活躍するリーダー養成目的とする国家プロジェクト「博士課程教育リーディングプログラム」に、当教室が主体となって提案した「重粒子線医工学グローバルリーダー養成プログラム」が採択されました。当教室は、これらの国家プロジェクトから、それぞれ数億円におよぶ重点的な支援を受けています。

加えて、当教室員の多くが、自らが掲げる研究課題に対し、国からの科学研究補助金を受けています(下記「当教室における研究の現状III」参照)。以上から当教室は、各個人が放射線医学研究に積極的に取り組むために充分な研究環境を有しています。

さらに、当教室は、ハーバード大学(米国)、オハイオ州立大学(米国)、カロリンスカ研究所(スウェーデン)、ハイデルベルク大学(ドイツ)、放射線医学総合研究所(千葉)、日本原子力研究所・高崎研究所(群馬)など、数多くの共同研究機関を有しています。これらの研究機関との強い連携も、当教室で研究をおこなう際の、非常に強力なバックアップになると考えられます。

炭素イオン線microsurgery

 

 

【当教室における研究の現状】
I. 当教室は、以下の3項目を主な研究プロジェクトとして推進しています。
1. 重粒子線治療装置の展開による放射線抵抗性腫瘍の克服ならびに炭素イオン線Micro-radio-surgery技術の開発研究
2. 再生医学の放射線治療への応用による、放射線晩期反応を克服する先端放射線治療の開発
3. 分子標的治療や免疫療法の放射線治療への応用および放射線抵抗性腫瘍を克服するための研究

II. 当教室で現在進行中の主な研究テーマは以下のとおりです。
〈基礎研究〉
1. 重粒子線における放射線生物学ならびに医学物理学の先端的基礎研究
2. 細胞周期制御因子、細胞接着因子、細胞増殖因子受容体およびがん関連遺伝子を標的とした放射線感受性修飾の検討
3. 免疫放射線療法の基礎的研究ならびに化学放射線療法の増感効果の解明
4. 低酸素細胞マーカーによる組織内低酸素細胞の検出と低酸素細胞増感の研究
5. 血管再生能修飾による放射線照射効果への影響に関する研究
<臨床研究〉
1. 重粒子線治療の照射効果に関する臨床的・病理学的研究
2. 炭素イオンMicro-radio-surgery法の開発研究
3. 3次元CdTeコンプトン量子カメラによる重粒子線線量分布の解析研究
4. 免疫放射線療法や温熱療法の臨床的有用性に関する臨床研究
5. 遠隔操作式腔内・組織内照射法の高精度化のための臨床研究
リーディング大学院プログラムの国際学術的研究ネットワーク

III. 現在大学スタッフ(助教以上)で科学研究補助金を受けている研究テーマは下記の12個です。

1 中野隆史 がんに対する重粒子線治療法高度化の為の基礎的・臨床的研究
2 中野隆史 医療用Si/CdTeコンプトンカメラの計測の高度化と高速化に関する基礎的研究
3 大野達也 婦人科腫瘍に対する画像誘導小線源治療の確立に向けた基礎的・臨床的研究
4 鈴木義行 放射線による抗腫瘍免疫誘導の解明と、その増強に関する基礎的・臨床的研究
5 清原浩樹 重粒子線がん治療におけるスペーサー手術の評価および新たな手法の開発
6 野田真永 神経膠芽腫幹細胞を標的とした新規放射線治療法の開発
7 岡本雅彦 膵癌細胞での重粒子線治療抵抗性に対するmicroRNAの関与の解析
8 河村英将 重粒子線照射に対する細胞応答反応におけるセラミドの関与の解析
9 白井克幸 頭頸部扁平上皮癌におけるHPV statusによるX線および重粒子線治療への影響
10 岡野奈緒子 非小細胞肺癌の放射線抵抗性メカニズムの解明
11 村田和俊 重粒子線照射後におけるヒト癌細胞の遊走、浸潤、転移能についての研究
12 尾池貴洋 放射線治療反応性と関連する遺伝子変異プロファイルの同定