近況報告ー小林大二郎先生(群馬大学)

はじめまして。4月から群馬大学放射線科に入局いたします小林大二郎と申します。この度は入局するにあたり自己紹介をさせていただきます。
出身大学は群馬大学で、大学では6年間硬式テニス部に所属していました。テニスを始めたのは大学からですが、元からテニスをしてみたかったこと、新歓で先輩方の雰囲気が良かったことから入部を決めました。練習場所は荒牧キャンパスのクレーコートですが、クレーだから砂で汚れるし、コートは凸凹でイレギュラーするし、夏は蒸し暑いしで辛い事の方が多かったですが、それでもリーグ戦では3部優勝2部昇格することができ、6年間苦楽を共にした同期にも恵まれ、今となってはいい思い出です。テニスは最近でも友達や後輩と続けています。
私は医師を目指した頃から、将来は癌治療に携わりたいとの思いがあり、当時建設途中だった重粒子線、放射線科に興味を持つようになりました。
病院実習では中野教授はじめ医局員の先生方が、それぞれの夢を学生に熱く語る姿が印象的でした。あまり学生に向かって、夢を語る先生はそう多くなかったので特に放射線科が印象に残っています。
6年生の時には、選択ポリクリでボストンにあるMassachusetts General Hospitalの見学にも行かせていただきました。当時留学中だった河村先生にラボと病院の説明をしていただき、また治療計画や外来も見学することができました。MGHには医科歯科大学の6年生で内科実習に来ているグループがいたり、同年代のインド人大学生が放射線科で実習しMorning conferenceでプレゼンしている姿を見て、大変刺激的な1週間を過ごさせていただきました。この実習の中で放射線科に入局することを決めました。
研修医1年目は公立富岡総合病院で研修し、今年は早く専門に入りたいとの思いもあり、11ヶ月間を放射線科の選択に当てさせていただきました。大学ではそれぞれの先生方からいろいろな意見を頂けるので大変勉強になっています。同期のうち岩永先生、土田先生も2年目の同じ時期を放射線科で研修していましたので、3人で勉強会をしたり、時には愚痴をこぼしたり、互いに支え合いながら研修することができました。
4月からは引き続き大学で勤務させていただきます。大学勤務の役割の一つに学生教育が挙げられますが、シニア1年目として学生には一番近い立場になると思いますので、放射線科の魅力を伝えていけたらと思っています。
また4月からは白井先生の元、大学院研究を始めさせていただきます。4年間での大学院卒業を目標に頑張りたいと思いますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

海外研修生からーPetch先生

สวัสดีครับ (SA-WAS-DEE-KRUB) is Thai style greeting. My name is Petch Alisanant, junior staff of radiation oncology unit from King Chulalongkorn Memorial Hospital, Bangkok Thailand. I received a great opportunity to learn about heavy ion treatment at Gunma University Heavy Ion Medical Center (GHMC) since March 2014. Almost one year that I have been here in Japan, there are so many events that make me happy and surprised.
This is my first time to visit carbon ion treatment center. Not only how advance of the system is, but also how complicated and dedicated works that all staffs have done are impressive. I do appreciate all GHMC staffs. Gunma University Hospital has excellent hospital information system that can access to all department data system. Beyond good healthcare and education service, GHMC has full capacity of research from basic science to clinical research. As aforementioned above, I guarantee that GHMC will has bright future.
About my training, I had opportunity to learn a lot from basic science through advanced treatment technique. I would like to thank Kawamura Sensei for very well organized all topic schedule for me. Most of my work was at planning room GHMC. This room seem to be never sleep and always busy by radiation oncologists, physicists and technologists. All of them come to this room from early morning until late night for only one goal to make the best treatment for their patients. Even Japanese people work so hard but good atmosphere is all around. All of them are my best teachers, colleagues and friends.
In this year, I also attended outside GHMC training courses. First one was IAEA 3 dimensional brachytherapy treatment for cervical cancer at Saitama University Hospital. The second was International Training Course on Carbon-ion Radiotherapy 2014 at NIRS and GHMC. The last was HIMAC International Symposium 2015 – 20th year Anniversary Event. Through all these training courses I gained a lot of knowledge and experience.
Beside working and learning, I traveled to many places in Japan such as Fuji Mt. summit, Hokkaido, Kyoto, Kobe and Osaka. Japanese culture was ancient and beautiful. Japanese have done excellent work for combination old culture with nowadays lifestyle. The most impressive in Japan is people, the Japanese are so kind, polite and always concerned about the others. Finally, I do appreciate all GHMC staffs for your dedicated work and warm hospitality.

ペッチ アリサナン
Petch Alisanant

近況報告ー川原正寛先生(群馬大学)

入局4年目、医師6年目になりました。川原正寛です。1年目は群馬大学医学部附属病院で、2年目から3年目8月までは埼玉県立がんセンターで、そして3年目9月から現在まで再び群馬大学医学部附属病院内で勤務をしております。現在の近況報告をさせていただきます。
群馬大学附属病院に戻ってきてからは加藤弘之先生、河村英将先生ご指導のもと、泌尿器グループで業務に携わっています。入局当初からの憧れであった重粒子線治療に従事することができて大変有り難く思う所存であります。症例のほとんどは前立腺癌ですが、治療方法は、重粒子線治療、IMRT、I125永久刺入治療など、多岐に渡ります。それぞれの治療方法がどのように違いがあり、各患者に対し手術治療も含めてどの治療方法が最適か思い悩みながら検討しております。重粒子線治療を扱う放射線腫瘍医としての基礎を習得するため、毎日勤務に励んでおります。特に、重粒子線治療に関しては遠方の地域からの紹介を受けることも多く、世界最先端の治療としての有用性を広めていく必要があると思います。放射線治療の中においても、重粒子線治療はより強くリードしていかなければならないものと自負している所存であります。
大学院での研究に関しても、金井達明教授、加藤弘之先生、河村英将先生に大変お世話になっており、現在論文執筆に励んでおります。大学時代などでは、臨床と研究はどちらかを選んで歩んでいかなければならない印象が強かったのです。しかし、当医局に所属してからは、臨床にも研究にも100%の力を注ぐことを全医局員が肯定し、全力で協力し合う姿勢に感銘を受けました。現在、臨床と研究の両立が大変ではあるものの非常に充実した毎日を過ごさせていただいております。研究内容に関しては、物理学的研究を行いたいという私の要望に対し中野教授が応えていただいたお陰で、現在重粒子線治療の精度測定について研究を進めさせていただいております。まだまだ物理学的内容に関しては大変未熟な自分ではありますが、今後の重粒子線治療の発展について少しでも寄与できればと考えております。
また、大学で勤務しているからには少しでも学生の教育に従事していこうと思っております。毎週ローテーションで実習に来る学生に対し、放射線治療の説明をすることで、日頃の知識を整理しています。学生がどのように考えるのか、また、学生にとってわかりやすい説明の仕方はどのようにすればいいのか、など学生に教えていくことで自分も改めて放射線治療について学んでいます。
毎日の業務、研究がやりがいのあることばかりで、大変充実した毎日があるのも多くの先生方の支えがあってこそだと思っております。今後とも多くの先生方にたくさんお世話になるかと思いますが、日々邁進していく所存でありますので今後ともよろしくお願い致します。また、今後入局を考えている、あるいは迷っている学生の皆様とも、ともに業務や研究に励んでいきたいと思いますので、興味がある方はぜひ一度見学に来てください。

近況報告ー牛島弘毅先生(埼玉県立がんセンター)

皆様こんにちは。牛島弘毅です。

医師8年目(入局6年目)になり、現在の勤務中の埼玉県立がんセンターの勤務も3年目となりました。今回の近況報告としては、勤務先である埼玉県立がんセンターの状況と、それにまつわる放射線治療の臨床について最近思ったことを中心に書かせて頂きます。

まず、埼玉県立がんセンターですが、今年の1か月に建物が全く新しくなりました。元あった敷地の、隣の敷地になるわけですが、増築ではなく完全に新築です。それに伴い放射線治療に関しても、機器の新規導入が進み、今年の1月からは全く新しい機械、全く新しいシステム、という環境となりました。
完全に放射線治療医師への説明になってしまいますが、具体的には、外照射の装置として4台-汎用機としてエレクタ社のAgility、(+旧病院から移転したSynergy)、高精度向け治療装置としてBrainLab社のNovalis Tx、IMRT専用機のTomotherapy-、腔内/組織内照射の装置としてRALS室の同室内CT+Oncentra、という状況です。このラインナップだけ見れば、大学にも全く引けをとらない(重粒子線治療はもちろん別にして)、関東圏内でも有数の治療施設ではないかと思っております。

私はこの3年間で、「大学→がんセンター旧病院→がんセンター新病院」という環境の変化を経験できているわけですが、それは臨床の観点から言えば「群大で学ぶことができた治療→旧病院では治療装置・計画装置の制限を感じた治療→新病院で新たに可能になった治療→(・・・??大学よりも、より良い治療が可能かも??)」という視点の変化でもあります。
もちろん、旧病院で行っていた治療が劣っていたという意味ではありません。
-従来の装置でも癌を完治できる!だけど、新装置ならもっと副作用を減らせるかも?
-従来の装置でも、新しい機械でも全く変わらん・・・
-新装置ならもっと線量を増やせて、局所再発は防げたかも。遠隔再発もあって予後は変わらないかもしれないが・・・
上に挙げたようなことを、考えながらの臨床の毎日です。

私が強調したいのはむしろ、新規の装置を使える立場になり気付けた、高精度化・個別化した治療が可能となった場面と、ある意味変わらない従来の放射線治療の考えというものがあるという点。これら直に経験できているのが大きな収穫であります。また放射線治療分野のみならず、新病院立ち上げという場面を間近で見て、あるいは経験できたということは非常に有意義な経験であったと思います。

上で、「変わらない従来の放射線治療」という部分で?をつけました。が、本当に変えようがないのかどうか、はまだまだ分からないし、突き詰めていくのが放射線治療医の仕事の一つです。これについて思うところを書くと、未熟な私の立場ですら、非常に長くなりますので、気軽なお酒の席ででもお話できれば幸いです

放射線治療に興味がある学生・研修医の皆様がこれを読んで、「テクノロジー・物理の進歩が、ダイレクトに治療の可能性を変える。そして、それを間近で見ながら、感じながら臨床を行える」という空気を少しでも感じて頂ければ、非常にうれしく思います。(もちろん物理の発展だけでは治療が成立しません!!放射線治療は物理と生物の両輪であり、放射線にまつわる生物学・生物研究も同じくエキサイティングですよ!!)

最後に私の直近の状況としては・・前述した治療装置に関しまして、Brainlab社主導の高精度治療計画・治療装置に関するワークショップがドイツ、ベルリンで5日間の日程で開催され、帰国直後です。この度は斎藤先生、楮本先生のご厚意もあり、大久保先生と二人で参加させて頂きました。そして、原稿が遅れてメルマガ担当の先生申し訳ございません。
ワークショップはがっちり18時まで開催され、英語で頭がパンク寸前になりながらも、8月の陽が長いベルリンの街を楽しむ時間を過ごせました。(ついでに前後の土日を使って近隣のポツダム、マイセン・ドレスデンまでは何とか足を延ばせました。)。現地の病院見学の時間もあり、文化の違いを感じながら拙い英語で質問したり、今後のモチベーションに繋がる、非常に有意義な研修であったと思います。

それでは皆様、まとまりのない文章でしたが、近況報告は以上となります。今後ともよろしくお願いいたします。

近況報告ーNavchaa Gombodorj先生(群馬大学)

Dear Teachers, Department Members, Family, Friends and L-PhD Students,

I am honored to greet you in the humid and hot summer at Maebashi with beautiful images of Matsuri, fireworks, cold soba noodles and iced Matcha.

It is me Gombodorj Navchaa, and I was born in “Year of the Rabbit” as you know the fourth in the 12-year cycle of the Zodiac is used in most of Asian countries. My first name is “Navchaa”, which means “Leaf”.

There are four members in my family, my husband, my son and my daughter and myself. My husband is a sculptor.

I fulfilled a childhood dream when I have a bachelor degree with a major in Medicine and graduated from the National Health Science University in 1999. Over the past fourteen years, I have worked at National Cancer Center of Mongolia as a Radiation Oncologist, Head of Radiotherapy Department, Supervisor of Non-Surgical Clinic and Vice Director in charge of Clinic in the National Cancer Center of Mongolia after my graduation. During these years, I have been actively involved in the activities of the International Atomic Energy Agency’s South East Asian and Pacific Regional projects. It happened that I had the chance of visiting the Radiotherapy Department at Gunma University of Gunma Prefecture, Japan during the training course for project implementation in 2001. I could not start my study at that time due to responsibilities for developing radiation oncology in my home country of Mongolia and the need to finalize the implementation of the ongoing projects. However, I wished to study in this famous university. But, I have no any disappointment for these working years due to I have dedicated my input into important transition period from 2D to 3D technologies of radiation oncology development in Mongolia. During these busy and active years, I have learnt much I learned the values of teamwork and commitment, how to win, how to work hard, how to concentrate and focus on goals, and how to balance my time and priorities.
In 2009, I was heartened to learn Heavy Ion Facility had been installed at Gunma University and then commenced a PhD study in the Graduate School of Medicine of Gunma University in the spring 2013. It is my pleasure and honor to study in this famous university, which is one of the leading 12 elected universities in the field of cancer research in Japan.

My vision is for the Radiotherapy development level in Mongolia would be similar with other developed countries and patient’s survival, who have received the radiotherapy due to cancer diagnosis, are increasing and their life quality are improving. I’m trying to input my value to accomplishing this goal. I think to study here and to do the research is focusing overcoming radioresistance induced by hypoxia, so this is a good opportunity for me to know and learn that I am perfectly capable of taking my studies and experiences at Gunma University and applying them to real life. Also, I’d like to continue giving advice to younger researchers and radiation oncology fellows, inputting regional cooperation for developing radiation oncology in home and other countries and enjoy time with my colleagues and foreign friends with same profession.

As for my life outside of the university, I liked to meet with Japanese people, make friends, to see natural and modern civilization’s nice scenes and learn Japanese culture from them and share its with my children.

I believe that being in Maebashi is my destiny and it is a nice city for me specially. As mentioned I trained in Gunma University firstly as a radiation oncologist, and now live and study there for my PhD. Maebashi city is very similar to my home country Mongolia because it is the most sunny place in Japan with an average number of sunny days for the city of more than 200 days in a year. The sky is mostly clear, with strong winds in winter and spring and the city is situated in surrounded by four mountains.

In last month, July I have spent my summer vacation in my home country Mongolia and enjoyed for seeing a nice four mountains, which are surrounding capital city Ulaanbaatar. During my vacation, I have seen the most famous festival in Mongolia is “Naadam” or Three Manly Games. The games include wrestling, archery and horseracing. I would like to introduce about Naadam festival in brief by using the nice chance of meeting with you through this monthly e-mail magazine.

Naadam Festival is an ancient tradition and culture, having a history of almost 2000 years since the Xiongnu period. Nowadays, Naadam was adopted in law: “Naadam is a great traditional festival of the nation symbolizing sovereignty and independence of Mongolia”. The biggest Naadam festival is held in the capital city Ulaanbaatar at the National Sports Stadium. The official opening of Naadam begins with a ceremonial ride of soldiers dressed in medieval outfit and bearing the Nine Banners of Chinggis Khaan.

Wrestling: Traditionally, 512 wrestlers participate in the competition to test their strength and artistic tricks, and nine rounds are held.
Horseracing: In average, 400 horses of six age categories, or 2400 horses participate in a two-day horseracing in Ulaanbaatar. It is surprising that 26 000 horses participate in a race all over the country. The race-distance depends on the age of horses. The participating horses run for 20-30kilometers putting forth all strength.
Archery: The Mongolian archery is unique. The usual archery contest is between teams, each of 5-7 archers, aiming at a line of 33 leather cylinders from distance of 75 meters for men and 60 meters for women in a series of knock-out rounds. Men shoot 40 arrows, women 20 arrows. The number of target cylinders is reduced as the tournament progress, until in the final there are only three.
In 2010 Naadam was inscribed on the Representative List of the Intangible Cultural Heritage of Humanity of UNESCO.

I invite all of you in Mongolia and one has a chance of seeing the Naadam Festival in Ulaanbaatar.

Wish a wonderful summer time.

G.Navchaa

近況報告ー尾池貴洋先生(群馬大学)

皆様こんにちは。入局6年目の尾池です。現在、群馬大学で勤務させて頂いております。最近、医学生・研修医の方々が県外からもたくさん当科へ見学にいらっしゃるようになり、日々嬉しい驚きを感じています。このため今回も前回に引き続き、学生さんや研修医の先生方に向けて執筆させて頂きました。よろしくお願いいたします。

私は「全身のがんを対象とし、世界レベルの仕事に挑戦できること」に魅力を感じ、放射線科へ入局しました。大学病院で1年間勤務したのち、腫瘍生物学(cancer biology)を本気で勉強したいとの思いから、一度臨床を完全に離れて国立がん研究センターで2年間、基礎研究に従事させて頂きました。その後、群馬大学放射線科に戻して頂き、今年度で3年目になります。現在は一週間のシフト10コマのうち、臨床と研究を5コマずつ与えて頂いております。

今回はまず、前回メルマガへ寄稿させて頂いた2012年9月以降の仕事内容をご報告します。

肺癌におけるRET融合遺伝子発見のくだりについては前回ご紹介しましたが、この研究は現在さらなる発展を遂げ、本当に「基礎研究の成果を患者さんへ還元する」ところまで来ました。すなわち、RET融合遺伝子をもつ肺癌に対する分子標的薬として我々が同定したVandetanibはいま、「LC-SCRUM-Japan」という全国多施設参加型の臨床試験において実際の患者さんに投与されはじめました。自分でも鳥肌ものの進歩です。

もうひとつ、大きな進歩がありました。

BRG1というがん抑制遺伝子産物を失活するがんに対する分子標的BRMを同定し、Cancer Research誌(2013;73:5508-18)へ報告しました。RET融合遺伝子発見のときと同様、この研究も激戦でした。この半年間に全く同じ結論の論文がなんと4報も出版されましたが、我々の論文は幸い、僅差で初報を取ることができました。この論文の内容はNature Medicine誌1報、Nature Genetics誌3報を含む多くの論文に引用され、今年度の癌治療学会学術総会の優秀演題に選ばれました。ちなみにASCO(米国臨床腫瘍学会)にはrejectされてしまいました、、、残念。

放射線生物学の研究としては、クロマチンリモデリングの一種であるヒストン・アセチル化の阻害によるがん細胞の放射線増感をRadiotherapy and Oncology誌(2014;111:222-7)へ報告し、昨年のJASTRO生物部会賞を頂きました。臨床の研究としては、神経膠芽腫に対するtemozolomideを併用した放射線治療の成績を、鈴木先生のご指導のもとPlos One誌(2013;8:78943)へ報告し、今年度の日本医学放射線学会学術大会のCyPos Silver Medal賞を頂きました。またこの研究は、来年のARRS(米国レントゲン線学会議)で招待演題として発表予定です。賞を取ることが研究の第一義でないことは言うまでもありません。しかし、それをきっかけにひとりでも多くの方に研究内容を知って頂くことで科学の発展と患者さんへの利益の還元が促進されるのであれば、大変嬉しく思います。

つぎに、現在進行中の研究についてご紹介します。

2011年、文部科学省の「博士課程教育リーディング大学院プログラム」に、中野教授が中心となって推進する重粒子線医工学領域のグローバルリーダー養成プログラムが採択されました。これにともない、いま当科の研究環境が大幅に強化されてきています。この勢いに乗じて、私はこの2年間、「ここの研究レベルを、どの海外留学先よりも高くする」を目標に、研究の活性化に取り組んできました。

昨年4月、タイのチュラロンコン王立大学の放射線治療医ナパパ先生が「リーディング大学院生」として当科にやってきました。そこで彼女と一緒に研究に取り組み、重粒子線が従来のX線治療に抵抗性である癌細胞を効率的に殺傷するメカニズムの一端を明らかにしました。結果はナパパ先生の筆頭論文として現在投稿中です。また昨年、岡野先生が学位研究として進めていらっしゃる、肺癌に対する重粒子線治療の線量評価研究に、生物学的側面から参画する機会を頂きました。結果は岡野先生の筆頭論文として現在投稿中です。この二論文のどちらかが「群馬大学の重粒子線」を用いた史上初の生物研究論文になることを夢見ています。

さらにこの秋、本学に名門ハーバード大学のオープン・ラボ(研究支部)が開設され、そこへ超解像顕微鏡などの最先端研究機器が導入される予定となっています。この超解像顕微鏡を使えば、これまで未解明であった重粒子線照射を受けた細胞の反応を、分子ひとつひとつのレベルでリアルタイムに観察できるようになるはずです。この研究を成功させるために、いま国内外の研究者と議論し、構想を練っています。

研究はひとりではできません。この点、私は非常な幸運に恵まれ、素晴らしい共同研究者に出会うことができました。国立がん研究センターの河野隆志先生、白石航也先生(がんの遺伝子変異の専門家)、荻原秀明先生(私の実験の師匠)、長崎大学・原爆後障害医療研究所の荻朋男先生(正常組織の遺伝子変異の専門家)、群馬大学・先端科学研究指導者育成ユニットの柴田淳史先生(DNA修復の専門家)、シンガポール大学の三村耕作先生と河野浩二先生(がん免疫の専門家)、そして国立がん研究センターでの修行を終え群馬大学に帰ってきた同期の水上達治先生と、スウェーデン・カロリンスカ研究所に留学中の吉本由哉先生。現在この先生方と共同研究をおこなっています。数年後にはわくわくするような結果をご報告できると信じています。

加えて、大野教授には入局後一貫して子宮頸癌の放射線治療についてご指導頂き、現在この領域で自身4報目の論文を投稿中です。この論文は当科が開発した「巨大・不整形婦人科腫瘍に対する組織内刺入針を併用したハイブリッド小線源治療法」に関する線量評価研究で、非常に興味深い内容ですので、また次回(採択後)ご紹介します。当科の治療室内CTを用いた画像誘導小線源治療は、重粒子線治療とならび世界最高水準であるものの、まだ論文として発信されていないevidenceが山のようにあります。今後もこの宝の山をどんどん発掘していきたいと思っています。

本当にのびのびと毎日を過ごさせて頂いていることを、中野教授と全ての同門の先生方に深く感謝いたします。なかでも、ここ二年間は、医会長である白井先生が本当に親身に支えてくださいました。ここに感謝の気持ちを述べさせて頂きます。最後に、2012・2013年度、大学で苦楽を共にした「若手」である岡野・村田・安藤・久保・佐藤・吉本・高草木・柴先生に、日々支えて頂いたことへの感謝の気持ちを述べ、本稿を終わらせて頂きたいと思います。今後も頑張ります。ありがとうございました。

近況報告ー高沙羅先生(都立駒込病院)

初めてこのような場で挨拶させていただきます。

平成26年度より入局させていただきます、高 沙羅(こう さら)と申します。これまでもポリクリや病院見学、学会など様々な場面で先生方には大変お世話になっております。これからもお世話になるばかりと思いますが、入局にあたりまして改めて自己紹介をさせていただきます。

私は長野県松本市出身で、長野県立松本深志高校というところに通っておりました。高校時代に、何かの専門家になって世界に役立ちたいと思い、父が医師であったこともきっかけの一つとなり医学部を目指しました。大学受験にあたってご縁あって群馬大学に入学させていただきました。

大学在学中は、バドミントン部と軽音楽部を兼部し、大変充実した日々を過ごしておりました。6年間を振り返って、飲み会ばかりしていたような気がしますが…。放射線科にも軽音楽部のOBの先生方が多く、公私ともにお世話になっておりました。バドミントン部は大所帯でしたが、気の合う仲間ばかりで練習は厳しくも楽しいもので、締め切った体育館で汗を流したことは良い思い出です。

また、中野先生とは長野県育ちで同郷ということで、群馬大学医学部長野県人会で毎年お世話になっておりました。こじんまりとした場で、放射線治療の歴史を築いていらっしゃった先生のお話を聞く機会を毎年いただけていたことはとても幸せなことだったなぁと感じております。

さて、学生時代はなんとなく内科医になるのかなぁと漠然と考えていた私が放射線治療に興味を持つようになったのは、同級生の大西先生と同じくポリクリがきっかけでした。それまで放射線治療といってもあまりイメージが湧きませんでした。しかし、手術・抗癌剤と並んで悪性腫瘍に対する治療で柱となっていることや、熱い気持ちで毎日診療している先生方のお姿を拝見し、またお忙しい業務の中でも学生の私にいろいろと教えてくださって、実習期間が終わるころには放射線科に強く魅かれておりました。在学中に重粒子センターが建造され稼働を始めるという素晴らしいタイミングで学生生活を送れたことも恵まれていたと思います。実習期間がちょうど重粒子線センターの点検期間と重なり、普段は見られない内部を見せていただいたことは印象に残っています。シンクロトロン、とってもかっこよかったです!

大学卒業後は、がん・感染症センター都立駒込病院で初期研修医として働かせていただきました。その中でも放射線治療に関わりたい気持ちが揺るがなかったので、遠方のところを諸先輩方に幾度となく相談に乗っていただき、入局させていただくことに至りました。まだまだ至らないところばかりですが、群馬大学放射線科に名に恥じぬよう頑張りますので、今後ともご指導・ご鞭撻のほどをお願い申し上げます。このたびはこのような機会をいただきましてありがとうございました。

近況報告ー村田裕人先生(都立駒込病院)

平成26年度より、重粒子線医工学グローバルリーダー養成プログラムのリーディング大学院生として、お世話になります、村田裕人(むらたひろと)と申します。平成21年に大学を卒業し、現在は医師5年目です。今回、このような自己紹介の機会を頂きまして誠にありがとうございます。簡単な自己紹介と近況報告をさせて下さい。

私は、生まれも育ちも熊本県熊本市で、生まれてから高校を卒業するまで熊本で過ごしました。今では、ゆるキャラのくまモンが全国的に知られるようになり、地元は大盛り上がりで、街中がくまモングッズでほぼ覆い尽くされています(笑)。群馬県といえば、ぐんまちゃんがやはり大人気だと思います。群馬県と熊本県は全国屈指のゆるキャラがいることだけでなく、温泉(草津温泉や黒川温泉)や豊かな自然(尾瀬や阿蘇)があるなど、共通点が多くあり、これから始まる群馬での生活を楽しみにしております。

出身大学は筑波大学です。高校時代は山岳部に所属し、山登りに明け暮れていましたが、大学時代にはヨット部に所属し、セーリングに没頭していました。海も山も自然相手のスポーツですので、楽しさとともに厳しさも数多く経験し、いい人生勉強となりました。

放射線治療を専門に決めた理由は、生命に直結するがんという悪性腫瘍への挑戦、全身の臓器が対象であること、科学技術の進歩とともに成長著しいこと、高齢化社会への対応など、数多くの志望動機が挙がりますが、当時は非常にシンプルな出来事でした。もともと免疫学に興味があり、自己免疫疾患の分野などを専門に考えていましたが、学生実習時に、筑波大学病院の陽子線センター内にある、巨大なシンクロトン、治療設備を見せて頂いたときに、一目惚れ、ビビビっと運命を感じ、この道を専門にしようと決意しました。

大学卒業後は、初期研修を都立駒込病院で終え、医師3年目からは後期研修医制度である東京医師アカデミーレジデントに所属し、引き続き駒込病院の放射線治療部でお世話になっております。駒込病院には唐澤克之先生をはじめ、多くの放射線治療医が在籍しており、若手レジデントへ熱いご指導を頂いています。現在駒込病院には、平成23年の全面改修リニューアルオープンを機として、高精度放射線治療装置であるVERO-4DRT、TomoTherapy(Hi-Art)、CyberKnife(G4)の3台が導入され、IGRTが可能になったことに加え、IMRT、定位放射線治療がこれまで以上に可能となりました。また、手術室専用のリニアック、放射性ヨード内用療法の専門病棟があるなど、一般的な放射線治療から特殊治療まで幅広く対応しており、日々勉強になっています。

初期研修2年と後期研修4年の計6年間を駒込病院で勉強させて頂いた後に、大学院生として群馬大学での本格的な生活が始まることに大変期待しております。まだまだ臨床経験も未熟で、基礎研究に関しては素人同然であり、ご迷惑をおかけしないか不安もありますが、諸先生方のご指導ご鞭撻を賜りながら、少しでも成長し、貢献できたらと思います。何卒宜しくお願い致します。

近況報告ー入江大介先生(放射線医学総合研究所)

皆様こんにちは。医師4年目、入局2年目の入江大介です。昨年、千葉県の放射線医学総合研究所重粒子以下学センター病院(放医研)に赴任して現在1年半が経過したところです。唐澤久美子先生、若月優先生の下で婦人科グループの一員として日々ご指導頂いております。

本メルマガは学生の方もご覧になっているとのことなので、勧誘も兼ねてとある若手放射線治療医のモデルの1つとして手前味噌ながら私の仕事を紹介(自慢)させて頂きます。

①世界最先端の重粒子線治療に携わる

我らが群馬大学で重粒子線治療が行われていることは皆様もご存知の通りですが、放医研も世界で最初の重粒子線治療施設として1994年から重粒子線治療を行っています。特に病状やご本人の体調・意向から手術、X線で治せない癌に対する重粒子線治療の意義は大きく、日本だけでなく海外の医師や患者様からも注目を集めています。また放射線治療は医学、物理学、生物学、工学といった幅広い分野を土台としており、重粒子線治療も例外ではありません。各分野の専門家と協力して仕事をするのは楽しく、知的好奇心も大いに刺激されます。

②臨床とリンクした研究に打ち込む

私自身学生時代には予想していなかったことですが、私は現在大学院生として研究も行っています。臨床の疑問や課題を研究に持ち込み、その成果を臨床に還元するという点で臨床医が研究を行う意義は大きいものです。研究で納得のいかない結果が出たときは苦しく、悩ましいものですが、満足できる結果やいい意味で予想を裏切る結果が出たときの喜びや驚き、高揚感は臨床とはまた違う味わいがあります。また、私は生物系の研究をしていますが、物理系や工学系の研究をされる先生もいらっしゃったりと研究の間口が広いのも放射線治療のいいところだと思います。

③世界を相手に仕事する

私は英語力はお粗末ですが、「海外の方とのコミュニケーション力」は入局以来ある程度鍛えられたかなと自負しています。群馬大学放射線科では海外の先生を招いての講演も頻繁ですが、各種海外学会への参加、ハーバード大学、オハイオ州立大学といった海外の有力大学やIAEAとの協力関係などによるグローバルな仕事が多いことも特徴の一つです。私も今年、IAEAの重粒子線治療のセミナーに参加させて頂いたり、放射線治療の世界学会であるASTROで発表させて頂きました。日頃から世界を意識して仕事をすることで自然と世界の舞台が近くなる、そんな好循環が群馬大学放射線科にはあります。

これらの身に余るほど大きく、やりがいのある仕事に携わらせて頂けているのも多くの先輩方のサポートや紹介あってのことです。また、同期同士での励ましや切磋琢磨、後輩からの突き上げからも活力を頂いています。このような繋がりがあることも規模の大きい群馬大学放射線科の長所の1つだと思います。

「間口が広いこと」が専門としての放射線治療の良いところだと思います。学生の皆さんの興味のあることを追求したり、それぞれの描く働き方、なりたい医師像に沿ったキャリアプランを実現しやすいと思いますので、ぜひ気軽に放射線科の先輩に相談してみてください。皆さんが見学に来てくれるのを心待ちにしています!

近況報告ー阿部孝憲先生(埼玉医科大学国際医療センター)

平成22年度卒、阿部孝憲です。早いもので医者になってから4年が経ちます。現在は埼玉医科大学国際医療センターで加藤真吾先生、江原威先生のご指導の元、業務に励んでおります。埼玉医科大学国際医療センターはなぜ名前に「国際」が入っているのかわからないような場所にありまして、まわりには飲み屋もあまりなく、たまに江原先生と飲みに行く際にはほぼ毎回同じ店(激安中華料理屋、店員が日本語あまり通じないが味は良い)を利用しています。そんな生活もあり、赴任前より5kgほど体重を落とすことに成功しました。話がそれましたが、国際医療センターでの仕事は非常に充実しております。国際医療センターの特徴はなんといっても治療件数の多さで、年間1300件超の新患を治療しております。スタッフは少なく私の上には若手が一人と、その上はすぐに江原先生、加藤先生、となりますので必然的に多くの仕事をさせていただけるようになります。昨年は新患の治療計画はほぼ半数の600件超を私が担当させていただきました。今年で2年目となりますので、1000件弱は担当させていただいたのではないか、と思います。数が多ければよい、ということは決してございませんが、幅広く経験させていただける今の環境に非常に感謝しております。国際医療センターで特に濃厚な経験をさせていただいているのが子宮頸癌に対する腔内照射です。bulkyな腫瘍でも治る症例があり放射線治療の凄さを体験しました。また外照射には外照射の良さがあり、腔内照射には別の良さがある、そういった点を体感できていることも非常に大きいと思います。放射線治療の技術はどんどんと進歩し細分化してゆきますが、治療医としては様々なmodalityに精通して、患者さん毎にbestな選択肢を提示できることが大切なのではないかと思います。そういった意味で現在の環境で得るものはとても大きいと思っております。先ほど埼玉医科大学国際医療センターはなぜ名前に「国際」が入っているのかわからないような場所にある、と申し上げましたが、そんな国際医療センターでも昨年夏には加藤真吾先生の元でIAEAの会議を開催し、自分も司会などを務めさせていただき、非常に国際的な経験をさせていただきました。群馬大学放射線科が昔から取り組んでいる大切な仕事であるIAEAの活動に自分も関わらせていただき、ご指導いただいている中野先生、加藤先生、鈴木先生、田巻先生には大変感謝しております。同時に世界の人々と議論をしたり、やり取りをするためにはまだまだ自分の実力が足りないということを痛感しておりまして、英語力の向上、世界情勢の勉強等取り組んでいきたいと思います。

また今年度より大学院にも入学をいたしまして、埼玉にいながら授業に出席したり、研究ミーティングに参加したりといそいそと活動をしております。こちらも斎藤淳一先生、白井先生にお忙しい中ご指導いただき大変感謝しております。恩を返すためには論文を書くしかないことは重々承知しておりますので一生懸命やっていきたいと思います。

最後になりますが、たくさんの経験をさせていただき、一番喜びを感じるのは患者さんがよくなり(根治照射であれば副作用なく治る、緩和照射であれば症状が和らぐ)、放射線で治療をしてよかった、と言われる時です。患者さんにとってより負担が少なく、効果が高い(そして医療経済的にも優れた)治療を提供できるよう、臨床、研究に邁進してゆく所存です。これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

近況報告ー工藤滋弘先生(群馬県立がんセンター)

皆様こんばんは。入局7年目の工藤です。パッションにあふれた生活を送っていらっしゃる皆様がパソコンの前でゆっくりされるのは、夜であろうと想像いたします。ちなみに今は、昼です。私の記憶が確かならば、前回の報告は埼玉がん時代と記憶しておりますので、群馬がんでの報告をさせて頂きます。なお、大学院では鈴木准教授に温かく、忍耐強い指導を引き続き頂いております。ありがとうございます。

〈勤務歴〉

・1年目:大学

・2~3年目:埼玉県立がんセンター

素人にうぶ毛が生えた状態で埼玉がんに赴任し、斉藤吉弘先生、楮本先生はじめ先輩方にお世話になり、約600人の患者さんの治療を担当させて頂きました(前回報告)。

・3~7年目:群馬県立がんセンター

現在、樋口先生(月、木)、吉田先生、工藤、中川(月~木)の体制です。

〈近況報告〉

4年目を前にして群馬がんに異動となり、玉木前部長の豊富な知識とパッションからなされる判断を頼りに診療させて頂きました。これまでに疾患は多岐に渡る630人の新患を担当するともに、胃リンパ腫の呼吸同期照射などの新しい方法も導入しました。しかし、発案はいずれも玉木先生であり、与えられた課題にチャレンジするという状況でもありました

放射線科はよく、「他科と比べて、責任をもって任される年代が早い」と言われます。大学でも私の数年上の先輩方が中枢として働いておられますが、外病院は外なりの役割を頂きます。実際、2年目のI125永久挿入やSRTから始まり、IMRTは前立腺、頭頸部、子宮頸癌術後と様々な分野のいろいろな治療を任せて頂き、現状に満足していたようにも思える6年間でした。

そして、緩やかに過ごした6年間は過去のものとなりました。

7年目を前に、20年間がんセンターを支えてこられた玉木部長が御栄転され、代わりの先生が来ないという筆舌に尽くし難い事態が発生したのです。

現状は、樋口先生、吉田先生の御尽力と中川先生の頑張りの甲斐あって日常業務は滞りなく行えております。しかし、日々の判断だけでなく、がんセンターとしての先進的な治療の導入、他科の動向把握など、玉木先生に頼っていたことがいかに多かったかを痛感するとともに、自分にかかる責任がこれまでに比べて、倍、いや10倍返しだ!

今後とも引き続き、ご指導ご鞭撻野ほど、よろしくお願いいたします。

近況報告ー安藤謙先生(群馬大学)

皆様こんにちは。一昨日放射線治療専門医試験が終了し、ほっと一息ついている入局5年目になりました安藤謙です。前回のファイルを探していたら、前回この近況報告でご挨拶させていただいたのは2011年でして、2年間ぶりの近況報告になります。2011年度は放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院で、2012年度から現在までは再び群馬大学医学部附属病院でご指導いただいております。

2010年度から2年間にわたって勤務させていただいた放医研では、加藤真吾先生、清原浩樹先生先生、若月優先生ら諸先輩方のご指導のもと、主に婦人科腫瘍のX治療・重粒子線治療に携わらせていただきました。現在の自分の根幹を成すような技術・信念をご指導いただき、とても充実した2年間でありました。

昨年度からは再び群馬大学病院でご指導いただいております。昨年度は放医研に引き続いて清原浩樹先生にご指導いただいき、直腸癌術後再発や骨軟部腫瘍といった重粒子線治療に特徴的な疾患に関わらせていただきました。生意気ながらも放医研で得た経験をもとに諸先輩方とディスカッションさせていただく機会を多くいただき、群馬大学の重粒子線治療が確立していく過程に関わらせていただいたことは、とても貴重な経験でありました。今年度からは大野達也先生、野田真永先生、田巻倫明先生ご指導のもと、脳腫瘍・食道癌・婦人科腫瘍を担当するチームでお世話になっております。婦人科腫瘍は放医研でも長く関わってきた疾患であり、また今年度からは群馬大学でも子宮頸癌に対する重粒子線治療の臨床試験が開始さたこともあって、自分がこれまで得てきた経験を活かす機会が多くあり、とてもやりがいのある毎日です。

研究の方では、昨年度は子宮頸癌のイメージガイド下腔内照射(IGBT)の臨床研究をバルセロナで行われたESTROで発表させていただき、今年度は大学院での研究テーマでありました重粒子線治療と腫瘍免疫に関する研究をASTROで発表させていただく予定であります。また、大学では鈴木義行先生ご指導のもと、引き続き腫瘍免疫に関する生物研究を行っており、こちらも何とか成果を出せるように努力したいと思います。

前回の自分の近況報告を読んでみると、この数年間でも自分を取り巻く環境が大きく変化していることに驚かされます。放射線治療という進歩著しい分野の中で、この教室でそのような変化を感じられる状況に身を置かせていただいていることに大きな感謝を感じながら、その流れにしっかりついていけるように、これからも日々精進を重ねて行きたいと思います。これからも皆様のご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

近況報告ー水上達治先生(国立がん研究センター)

入局5年目(医師7年目)となりました水上達治と申します。

前回は一昨年に神戸で開催された放射線腫瘍学会主催の夏季セミナー直後でしたので、丸二年振りのご挨拶となります。近況を紹介させていただきます。

入局後9か月間群馬大学附属病院で後期研修を行った後、埼玉県立がんセンターで2年3か月間ご指導いただきました。放射線科医としての勤務は実質はじめてで、不慣れなことも多く、そもそも不勉強であること、そして業務の多さに当時はついていくのがやっとという感じでしたが、担当させていただいた患者さんとお話をし、治療計画をたて、実際に治療期間を共に過ごしと、振り返ってみればとても充実した日々であったと思います。

放射線科は根治を目指して治療される方、標準的な治療計画の中で再発予防のために受診される方、そしてがんを治すことは不可能ですが、症状の緩和のために照射を受けられる方など、本当に様々な状況、様々なご病気の方がお見えになり、また2年の間に何度も治療に来られる方、治療後も定期的に受診される方、そして最期の時まで関わりをもたせていただいた方もおられ、患者さんと共に過ごす日々に医療者としての幸せを感じることができました。また(もちろんこれはお互いに頼りにするところではあるのですが)他科の先生方からのご依頼をいただく中で、放射線科が担う役割の大きさや責任を感じることもできました。

埼玉県立がんセンターに掲げられた基本理念は「唯惜命(唯命を惜しむ)」という言葉で、これは短いながら医療の本質を表す言葉であると思います。私が放射線科医として過ごした期間は3年と短いものでしたが、多くの患者さんの生き方を見させてもらい、また貴重な時間を共有させていただき、本当に幸福であったと思います。

その後は放射線治療からは離れることとなり、現在まで国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野、河野隆志先生のもとで学位取得を目指し研究を行っております。

これまでは完全に臨床のみ行っておりましたので実験器具に触れるのすら学生以来という状況で、さらに研究内容も過去行ってきた放射線治療とは離れ、新規に発見された肺癌の原因遺伝子を中心としたがんの遺伝子の研究であり、まったく何もできない、分からないという状況からのスタートでした。今でも分からないことの方が圧倒的に多いですが、少しずつ遺伝子を解析するための機器や試薬の取り扱いを覚え、臨床の間はあまり考えることのなかった、私たちが戦っている癌細胞そのもの、そして放射線科にとっても治療の標的としているDNAについて調べることは新鮮で、またがんについての基礎研究側からの最新の知見に触れることができ、非常に有意義な日々となっております。臨床から完全に離れることに大きな不安がありましたが、基礎側から臨床を見るという経験ができ、改めて今後自分がどのような医療に携わっていくかを考える、よい機会となりました。

研究をまとめて論文にするというのも初めてで、なかなか思うようにすすまず、ご迷惑をおかけしてばかりですが、なんとか形にすることができればと思います。

まとまりのない文章となってしまいましたが、ご一読いただきありがとうございました。

近況報告ー吉本由哉先生(群馬大学)

皆様、こんにちは。

現在、群大病院放射線科に勤務しております、この4月で医師6年目(入局4年目)になります、吉本由哉です。初期臨床研修医であった医師2年目より、大学病院の放射線科で勤務をしていますが、その間のことや近況についてご報告させて頂きます。

また、このメールマガジンが、多くの学生さんにも購読して頂いているというお話も聞きました。今回の記事で当科のことをより知ってもらえればと思います。

初期臨床研修2年目から、選択科として放射線科を選んだ私は、1年早く放射線科の経験を積み始めることが出来ました。大学での放射線科若手は、約半年ごとに所属診療チームを替えて、まんべんなく全身のがんについて学びます。私は、婦人科グループ、食道・前立腺グループ、肺・直腸グループ、骨軟部・直腸グループ、頭頚部・肺グループを経て、現在は骨軟部・直腸グループに所属しています。この間に担当した臓器は、婦人科腫瘍、脳腫瘍、リンパ腫など血液腫瘍、皮膚腫瘍、食道癌など上部消化管、前立腺癌など泌尿器腫瘍、肺癌、直腸癌、甲状腺癌、乳癌、骨軟部腫瘍、肝胆膵、小児腫瘍、頭頚部腫瘍、肺癌と、大学病院の放射線科4年間でほぼ全身の放射線治療を経験することが出来ました。治療技術に関しても、通常のX線治療に加えて、IMRT、定位照射、小線源治療、そして粒子線治療と幅広い経験を積むことが出来ました。特に最近は、X線治療では難治とされる骨軟部腫瘍・重粒子線治療の入院患者さんを担当することが多く、困難な症例では他科との連携や、全身管理の知識も必要とされ、エキサイティングな日々を送っています。

大学病院は研究機関でもありますから、より良いがん治療を目指した研究も進めてゆかなければなりません。私は放射線治療と腫瘍免疫についての研究を、鈴木義行准教授の研究グループで行っています。このことについては大きな成果があり、放射線治療を受けた患者では、腫瘍特異的な細胞障害性T細胞が誘導されることを世界に先駆けて見出しました(Y. Suzuki, et al, Cancer Research 2012)。また、放射線治療により誘導された腫瘍免疫を、抗体医薬で増強すると治療効果が高まることを動物実験で示しました(Y. Yoshimoto, et al, ASTRO 2012, Resident Poster Viewing Recognition Award)。これらは放射線が直接的なDNA障害のみならず、宿主の免疫応答を介してがんを治癒させる可能性を示しており、ただちに治療への応用が期待できる研究です。いずれも国際的に高い評価を受けることが出来ました。現在は、群大病院が臨床研究中核病院に指定されたことを受けて、放射線治療と免疫治療を組み合わせた臨床試験を企画しています。

最後に私事ですが、8月より2年間、スウェーデン王国、カロリンスカ研究所のRolf Kiessling先生の研究室にPostdocとして留学させて頂くことになりました。Rolf 先生はNK細胞の共同発見者の一人で、腫瘍免疫研究の第一人者です。私が留学をさせて頂くことになったいきさつは、私の家族の事情です。今秋より妻が長期在外研究員としてスウェーデンに赴任することが内定していましたが、そのような機会があるならと、妻と同時期に海外で勉強できるように、中野教授、白井医会長に機会を与えて頂きました。留学先は、鈴木先生と、共同研究を行っているシンガポール国立大学河野先生、三村先生に紹介をして頂きました。

個人的な事情であったに関わらず、このような機会を与えて頂き、医会の皆さまには本当に感謝しております。頑張ってきたいと思っています。

最後になりましたが、皆様からの引き続きのご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。