近況報告ー宮坂勇平先生(群馬大学)

はじめまして。今年より群馬大学放射線科に入局させて頂くことになりました、宮坂勇平と申します。4月から群馬大学医学部附属病院で勤務させて頂いております。簡単ではありますが、ご挨拶する機会を頂きましたので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。

出身は長野県上田市で、県立上田高校を卒業した後に群馬大学医学部に入学しました。在学中は医学部バドミントン部に所属し6年間現役部員として活動しました。また、その傍らで医学祭や、運動部会の活動にも携わり、忙しくも大変充実した学生生活を過ごせました。
初期研修は伊勢崎市民病院で内科、外科、救急をはじめてとして幅広く研修しました。common diseaseに多く触れ、大変勉強になった2年間でした。しかし群馬大学放射線科で2ヶ月間お世話になった以外は、ほとんど放射線治療に関わらずに研修を終えたため、入局に際しては不安な気持ちが大きかったです。今は少しでも早く、多くのことを勉強し、一人前の放射線科医になるべく努力をしております。

また、入局と同時に大学院に入学することになりました。リーディング大学院生という恵まれた環境の中で研究活動ができることにとても感謝しています。学生時代はMD-PhDコースに在籍しており、応用生理学教室で環境生理の分野の主にvitroの実験をしていた経験もありますので、少しでも活かせたらと思っています。

放射線科入局を決めたのは、臨床をしつつ、活発に研究活動をし、医学の進歩に貢献できる科に進みたいと思ったことがきっかけです。学生時代からその思いで放射線科を志望しておりました。初期臨床研修では数多くの科で研修し、興味深く勉強させて頂いた診療科もありましたが、最後までその思いは変わらず、この度入局させて頂くこととなりました。

最後になりましたが、今後長いお付き合いになるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

近況報告ー博士課程修了にあたりー 医科学専攻 馬洪玉先生

2010年、群馬大学は唯一重粒子治療装置を有する大学であるため、群馬に来ました。また、中野隆史先生のお陰で、腫瘍放射線学の研究生として、群馬大学に入学することができました。そこで、中野隆史先生をはじめ、高橋昭久先生から様々な心躍る話を聞き、リーディングプログラム重粒子線医工連携コース博士入学の意思が固まったことを今でも鮮明に覚えています。

中野先生からは、朝カンファレンス、国際重粒子線癌治療トレーニングコースの参加から泌尿器科前立腺癌の重粒子線治療計画作成まで、臨床を勉強させて頂きました。高橋先生からは細胞培養の方法から最新の実験手技、放射線生物学の基礎から論文作成、実験の立案から具体的な進め方まで指導して頂きました。重粒子線の治療効果をさらに高めるため、いまだ解明されていない真理を見つけたいという決意のもとに、「がん細胞におけるDNA修復および細胞周期調節阻害剤による炭素線増感効果の検討」というテーマで研究を進めてきました。リーディングプログラムのお陰で、使い勝手の良い実験器具も設備も充実する研究室のように恵まれた環境で研究できたことはとても有り難いものでした。実験はしんどいところもありましたが、結果が出た時、2編の論文が国際学術雑誌に掲載された時、学位を取った時のワクワク感は言葉で表現できないものでした。また、中野先生による学会(JASTRO)懇親会での芸、高橋先生による研究室の忘年会での料理長並みの手料理など様々な楽しい思い出もたくさんあり、忙しくも楽しい密度の濃い5年間でした。

その中で、国際重粒子線癌治療トレーニングコース、群馬、東京、京都、沖縄、奈良、高知での国内学会、ドイツ、中国上海での国際学会発表の機会も与えて頂き、光栄なことにリーディング国際シンポジウムの優秀発表賞と国際癌治療増感研究協会の国際研究奨励賞を受賞することができました。今後、リーディングプログラム重粒子線医工連携コースから学んだことを生かして、より一層放射線癌治療に関わる医療の発展に貢献していきたいと決意しました。ちなみに、日本人の礼儀正しさ、誠実さ、思いやり、心遣いなどは素晴らしく、一生忘れられないです。

末筆になりましたが、熱心かつ丁寧にご指導くださった中野先生・高橋先生、サポートしてくださった教室員の皆様に心から感謝申し上げます。

学会参加記 ー小此木範之先生(放射線医学総合研究所)

2015年11月19日から21日に、群馬県前橋市のベイシア文化ホール(旧・群馬県民会館)と前橋商工会議所会館で日本放射線腫瘍学会第28回学術大会(JASTRO 2015)が開催された。紅葉のすすむ晩秋の群馬・前橋での地方開催であったが、参加者は約2000人と、大変盛況な大会であった。本教室の中野隆史教授が大会長を務めた本大会では、「高精度放射線治療時代の包括的放射線腫瘍学:Comprehensive Radiation Oncology in High-Precision Radiotherapy Era」をメインテーマとし、放射線治療の物理工学的革新と生物学的革新の融合に焦点を当て、粒子線治療をはじめとした最新の放射線治療、オーダーメイド放射線治療をめざしたトランスレーショナル・リサーチの現状、免疫療法併用放射線治療の最前線など、放射線腫瘍学の「現在」と「未来」を意図する構成であった。

今回のJASTRO 2015には特別な想いがあった。群馬大学大学院腫瘍放射線学の教授である中野隆史先生が大会長を務められ、福島県立医科大学放射線腫瘍学講座の主任教授である鈴木義行先生が実行委員長であったからだ。中野先生は私たちのボスであり、鈴木先生は私の博士研究の指導教官である。つまり、今回のJASTRO2015は、教室を挙げての一大事業であったのはもちろんであるが、私が放射線腫瘍医として生きるきっかけを与え、育ててくれた恩師の晴舞台でもあった。主催側のいちスタッフとして大会運営に貢献できたのは微々たるものではあったのだが、何としてでもこの大会を成功させたいという想いは人一倍強かった。よって本稿は、学術大会の印象記としては、多分に感情が入ってしまうがどうかご容赦いただきたい。

大会初日、明け方まで降っていた雨もやみ、開会の時間が近づくにつれ、緊張が高まる。前橋という地方都市開催ということもあり、もしかしたら参加者が、例年に比べて大きく減ってしてしまうのではないか、と不安になる。今回のJASTRO 2015では、JASTRO史上初めて、英語での演題募集を行った。それにもかかわらず、550題を上回る一般演題の応募があり、主催側としては大変ありがたく感じていたものの、実際どの程度、学会に来ていただけるかは未知であった。しかし、その懸念は杞憂に終わった。初日の午前11時の段階で、すでに参加者は800人を超えた。多少の安堵の中、怒涛の3日間が始まった。

国際化の点から今回のJASTROを見ると、例年にないものであったと言えるだろう。先に述べた英語での演題募集に加え、大会を通じて海外からの演者によるセッションが目白押しであった。どの演者も世界の第一線で活躍している医師・研究者であり、米国放射線腫瘍学会(ASTRO)の第55回学術大会の大会長であるDr. Lawton、欧州放射線腫瘍学会(ESTRO)の次期大会長であるDr. Lievensらによる会長講演はもとより、マサチューセッツ総合病院の Dr. Zietman、Dr. Held、MDアンダーソン癌センターのDr. Komakiなど、錚々たる面々による基調講演が、国内の一学会で聴けたというのは記憶にない。ほか、日中韓シンポジウムも含めれば、実にHあrHa計30以上の海外からの演者による講演があり、圧巻であった。また、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長から届いたDVDメッセージは、感動の一言であった。本教室の中野隆史先生は、IAEAの地域協力協定のアジア地域における保健分野の代表として、アジア地域における放射線治療の普及と発展に、20数年来尽力されてきた。中野先生が群馬大学腫瘍放射線学に着任されて以来、教室の基幹事業の一つとして続けてきたものである。天野事務局長からのメッセージI thank Gunma University, and in particular Professor Takashi Nakano, for hosting the 28th Annual Meeting of the Japanese Society of Radiation Oncology. Both the University and Professor Nakano are key partners for the IAEA in our human health projects in this region. I am grateful to them for their long-standing support for our work.」を聞き、馬大学腫瘍放射線学の一員として大変光栄であるのはもちろんであるが、中野隆史先生そして群馬大学の長年の国際貢献事業が、かくも大きく評価されていると実感した瞬間であり、私たちが社会のために行動を起こすこと、続けていくことの重要性を改めて実感した瞬間であった。大会1日目にして、不安、緊張、安堵、感激と、様々な感情が押し寄せた。

大会二日目。すでに参加者数は1700名を超えた。そしてこの日も魅力的なセッションが並んだ。「がん免疫放射線療法(Immuno-Radiotherapy)の夜明け」、「粒子線治療の新展開」など、現在の放射線治療の最前線を知るシンポジウムが開催された。とりわけ、鈴木義行先生が座長をつとめた、がん免疫放射線療法のセッションは大変興味深いものだった。ソニフィラン、クレスチンを始めとする非特異的免疫賦活剤や、サイトカイン療法など、がん免疫療法自体の歴史は非常に古いが、少なくとも私が研修医の頃は、JASTROでがん免疫療法をメインとするシンポジウムはなかった。しかし抗PD1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA4抗体などの、免疫チェックポイント阻害剤の有効性の報告が、がん治療の情勢を大きく変え、Science誌の2013年の“Breakthrough of the year”、つまりは医学界のみならず、科学全体の中で重要な進歩として、がん免疫療法が選出されるに至っている。今や手術療法、化学療法、放射線療法と並ぶ、第4のがん治療方法として、免疫療法はその地位を高めている。実際、本セッションには、公式プログラムで最も多い400名以上もの聴衆が集まり、その注目度の高さが伺えた。今回のシンポジウムで取り上げていたように、今後、がん免疫療法をいかにして放射線治療をはじめとする既存治療と併用していくか、その対象をどう見極めるか、ということが重要なテーマになっていくだろう。

大会三日目。この日も、「放射線療法の人材育成と適正人材配置」のシンポジウムや、「外来放射線治療を支える看護」の力と題したワークショップなど、興味深い内容のセッションが数多く開催されたが、中でも印象に残ったのは、「福島県における原発事故と放射線治療の現状」についてのセッションであった。東日本大震災以降、実際に現場で何が起きていたのかについての講演は臨場感に溢れており、また、福島県における小児甲状腺癌のサーベイランスについて講演も、大変興味深いものだった。30万人に迫るベースライン調査と、12万人を超える二巡目調査から、小児甲状腺癌の発生と被爆との関連を示すデータはないこと、そもそも50 mSvを超えて被爆した小児はいなかったこと、今後のフォローアップの重要性などが講演された。福島の震災が起きて早4年が過ぎたが、放射線を扱う学会として、福島で起きたこと、起きていることを、今後もJASTROで継続的に取り上げて行くことが、正しい理解を広げて行く上で、極めて重要であると感じた。

あらためて今、3日間の大会を振り返ると、本当に多くの人にこの学会が支えられていたのだと実感する。特に群馬大学腫瘍放射線学の同門会の先生や、学会運営の中心的な役割を担っていただいた群馬コングレスサポート、コングレの方々のご尽力なくして、この学会の成功は成し得なかったと思う。最後に、当教室の秘書含めた全スタッフが一丸となって取り組んだJASTRO 2015が、実際に参加して頂いた方々にとっても実り多きものであったなれば、この上ない幸せである。

近況報告−土田圭佑先生(国立がん研究センター中央病院)

平成27年度、入局させていただきました、土田圭祐と申します。この場をお借りして簡単に自己紹介とご挨拶をさせていただきます。

 私の出身は新潟県の長岡市という雪深い地域です。出身大学も新潟大学であり、生まれてから大学卒業まで、新潟県で過ごしておりました。昨年の初期研修から群馬の地に参りまして、1年中気候が良く大変住みやすい土地であると感じております。 (昨年の豪雪は想定外でしたが。)

 さて、生まれも育ちも新潟であり、大学卒業まで群馬には縁もゆかりもない私がなぜ群馬大学放射線科に入局させていただくことになったかと申しますと、やはり群馬大学放射線科の情熱や勢いに惹かれたからであると思います。特定の臓器に偏らず、全身のがんを診ることができること、がん治療における様々なシーンで活躍できること、医学分野に限らず、物理分野・生物分野と幅広い分野の専門家が力を合わせて、臨床・研究を行っていくということから、大学時代から放射線治療分野に強い興味持っておりました。進路を探していく中で、とある放射線治療の学生向けのセミナーにおいて群馬大学の先生とお話をし、見学させていただく機会を得たことで、群馬大学で一緒に働き、勉強させていただきたいと思うようになりました。

 初期研修は群馬大学で行いました。たすき掛けのプログラムで最初の1年間を公立藤岡総合病院で行い、内科・外科・救急など基本的な事項を研修させていただきました。2年目は群大病院で行い、進路も決めていたので選択期間の全て(11か月)を放射線科で研修させていただきました。現在大学にあります4つのチームのうち3つのチームを3~4か月毎にローテートさせていただき、様々な先生のご指導をいただきながら放射線治療の基礎を学んでまいりました。また、日本放射線腫瘍学会や群馬放射線腫瘍研究会での発表の機会や、英文の症例報告を書く機会を頂くなど、臨床面に限らず多大なご指導をいただきました。まだ右も左もわからずご迷惑をおかけしたかと思いますが、大学の先生方にはお忙しい中、熱心にご指導いただき大変感謝しております。

今年度からは、国立がんセンターの放射線治療科レジデントとして勤務させていただきます。家族の事情もあり、勤務地につきまして、ご配慮いただき大変感謝しております。今年、群馬大学で勉強させていただいた姿勢や考え方などを大切にしながら、優秀な諸先輩方に追いついていけるよう、更に一生懸命精進していきたいと思います。この度はこのような挨拶の機会を頂き、有難うございました。今後ともご指導、ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

近況報告ー岡﨑 祥平先生(群馬大学)

 今年4月より群馬大学腫瘍放射線学教室に入局させていただきます岡﨑祥平と申します。平成25年に群馬大学医学部医学科を卒業し、その後実家に近い足利赤十字病院で2年間初期臨床研修を致しました。群馬大学で放射線治療に携われることを今から非常に楽しみにしております。
 私が放射線腫瘍医を志したのは初期臨床研修を始めてからのことです。医学生の頃は志望診療科について不明確でしたが、この2年間で少しずつ臨床を経験するのと同時に自分のやりたいことが明確になって参りました。低浸襲で腫瘍を根治させることが出来る放射線治療に興味を持ち、臨床研修医1年次の夏に開催された医学生・研修医向けのセミナーに参加させていただいた際には、放射線治療計画作成の面白さや奥深さを心から実感致しました。その時「自分の目指すべき道はこれだ」と強く感銘を受けたのを今でも覚えております。その後も放射線腫瘍医の魅力を先輩方から伺い、放射線腫瘍医になろうという決意を強くして参りました。
 私が臨床研修を致しました足利赤十字病院では常勤の放射線治療医は1名であり、リニアックによる外部照射を主に行なっておりました。私が放射線科をローテートした際に私を指導してくださった先生は慶應義塾大学の経験豊かな先生でしたが、患者さん一人ひとりの状態を熟知した上で最も適したプランを考えていくことの重要性を繰り返し熱心に指導して下さいました。研修の都合で放射線治療科を研修できたのは2ヶ月間のみでしたが、毎回治療計画を作成する度に新たな発見があり、ますます放射線治療を魅力的に感じました。
 先述の通り放射線科の研修期間は短期であり、大学で臨床研修を行った同期入局の先生方と比べても、放射線腫瘍医としてまだまだ未熟で、知識も技能もこれから多くのことを学んで行かなければなりません。そんな私ですが、可能な限り研修で培った知識・技能を活かして仕事を行い、臨床にも研究にも常に情熱を持って、全力で取り組む姿勢は崩さないように過ごして行きたいと考えております。
 群馬大学放射線科は群馬大学の診療科の中でも特に雰囲気が良く、大きな目標に向かい情熱を持って仕事をしていることに医学生の頃から憧憬しておりました。4月よりその放射線科に入局し診療に当っていくことに嬉しさを感じるとともに、その良い伝統を引き継ぎ、多くの先生方・先輩方が築き上げてきた群馬大学放射線科の名に恥じぬよう気を引き締めて仕事をしたいと思っております。
 最初のうちは慣れない仕事も多く先生方には多々ご迷惑をお掛けすると存じますが、1日でも早く一人前になれるように努力して参りたいと思っておりますので、どうか御指導のほど宜しくお願い申し上げます。

近況報告ー岩永素太郎先生(群馬大学)

平成27年度に入局させていただくことになりました岩永素太郎と申します。私は、佐賀県出身で香川大学医学部を卒業し、平成25年4月より群馬大学医学部附属病院で初期研修を行いました。実はもともと進路として強く考えてはいなかったのですが、医学科6年時の臨床実習で放射線治療という分野があることを知り、興味をもちました。出身地や母校での研修も考えましたが、重粒子線治療という他にはない分野を学べること、そして熱心に教えてくださる先生方が数多くいらっしゃるという点を考え群馬大学医学部附属病院で研修することに決めました。
研修は群馬大学で2年間でしたが、そのうち11か月は放射線科を選択させていただきました。11か月間の研修では、各先生方にご指導していただきました。臨床業務では、X線の治療計画を中心に各臓器担当の先生方には本当に丁寧に教えていただきました。他大出身ということも全く関係なく親身になってご指導していただきました。また、研修医1年目には齋藤先生指導の下、Ⅲ期肺癌の重粒子線治療計画に携わりました。その時の経験をもとに群馬放射線腫瘍研究会で発表する機会を与えていただきました。また昨年はJASTRO、癌治療学会、癌学会、そしてASTROと様々な学会へ参加をさせていただきました。なかでもASTROへの参加は中野先生を始めとする諸先生方と同期研修医3人で行った海外学会として特に強く印象に残っています。次回は自分の発表をもって参加したいと思います。
私は平成27年4月から関東脳神経外科病院で勤務することになります。関東脳神経外科病院では年間300例を超える症例に対しサイバーナイフを行っています。サイバーナイフはご存じのように全国でも設置している病院があまり多くなく、一部の放射線治療医が扱っている特殊な分野と言えます。まだ放射線治療を学び始めたばかりの私には荷が重く不安が残る面もありますが、外勤で来ていただいている先生方にご指導を仰ぎながらこの機会を活かすことができるように頑張りたいと思っております。
また、4月からは大学院への進学いたしました。河村先生に指導教官となっていただき、準備を進めています。現在は放射線生物学の基本手技ともいえるコロニーアッセイを習得すべく実験を行っております。同時に河村先生率いる泌尿器科チームで抄読会を行い、現在のトピックや最近の知見などについて学ぶように努めています。大学院のテーマについては現在検討中ですが、先生方にご指導を仰ぎながら着実に進めていこうとしています。
今回入局させていただくにあたり、前述のように私のこれからの意気込みにつきまして述べさせていただきましたが、何分未熟者ですので是非先生方のご指導を承り、成長していきたいと考えております。ご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

近況報告ー小林大二郎先生(群馬大学)

はじめまして。4月から群馬大学放射線科に入局いたします小林大二郎と申します。この度は入局するにあたり自己紹介をさせていただきます。
出身大学は群馬大学で、大学では6年間硬式テニス部に所属していました。テニスを始めたのは大学からですが、元からテニスをしてみたかったこと、新歓で先輩方の雰囲気が良かったことから入部を決めました。練習場所は荒牧キャンパスのクレーコートですが、クレーだから砂で汚れるし、コートは凸凹でイレギュラーするし、夏は蒸し暑いしで辛い事の方が多かったですが、それでもリーグ戦では3部優勝2部昇格することができ、6年間苦楽を共にした同期にも恵まれ、今となってはいい思い出です。テニスは最近でも友達や後輩と続けています。
私は医師を目指した頃から、将来は癌治療に携わりたいとの思いがあり、当時建設途中だった重粒子線、放射線科に興味を持つようになりました。
病院実習では中野教授はじめ医局員の先生方が、それぞれの夢を学生に熱く語る姿が印象的でした。あまり学生に向かって、夢を語る先生はそう多くなかったので特に放射線科が印象に残っています。
6年生の時には、選択ポリクリでボストンにあるMassachusetts General Hospitalの見学にも行かせていただきました。当時留学中だった河村先生にラボと病院の説明をしていただき、また治療計画や外来も見学することができました。MGHには医科歯科大学の6年生で内科実習に来ているグループがいたり、同年代のインド人大学生が放射線科で実習しMorning conferenceでプレゼンしている姿を見て、大変刺激的な1週間を過ごさせていただきました。この実習の中で放射線科に入局することを決めました。
研修医1年目は公立富岡総合病院で研修し、今年は早く専門に入りたいとの思いもあり、11ヶ月間を放射線科の選択に当てさせていただきました。大学ではそれぞれの先生方からいろいろな意見を頂けるので大変勉強になっています。同期のうち岩永先生、土田先生も2年目の同じ時期を放射線科で研修していましたので、3人で勉強会をしたり、時には愚痴をこぼしたり、互いに支え合いながら研修することができました。
4月からは引き続き大学で勤務させていただきます。大学勤務の役割の一つに学生教育が挙げられますが、シニア1年目として学生には一番近い立場になると思いますので、放射線科の魅力を伝えていけたらと思っています。
また4月からは白井先生の元、大学院研究を始めさせていただきます。4年間での大学院卒業を目標に頑張りたいと思いますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

海外研修生からーPetch先生

สวัสดีครับ (SA-WAS-DEE-KRUB) is Thai style greeting. My name is Petch Alisanant, junior staff of radiation oncology unit from King Chulalongkorn Memorial Hospital, Bangkok Thailand. I received a great opportunity to learn about heavy ion treatment at Gunma University Heavy Ion Medical Center (GHMC) since March 2014. Almost one year that I have been here in Japan, there are so many events that make me happy and surprised.
This is my first time to visit carbon ion treatment center. Not only how advance of the system is, but also how complicated and dedicated works that all staffs have done are impressive. I do appreciate all GHMC staffs. Gunma University Hospital has excellent hospital information system that can access to all department data system. Beyond good healthcare and education service, GHMC has full capacity of research from basic science to clinical research. As aforementioned above, I guarantee that GHMC will has bright future.
About my training, I had opportunity to learn a lot from basic science through advanced treatment technique. I would like to thank Kawamura Sensei for very well organized all topic schedule for me. Most of my work was at planning room GHMC. This room seem to be never sleep and always busy by radiation oncologists, physicists and technologists. All of them come to this room from early morning until late night for only one goal to make the best treatment for their patients. Even Japanese people work so hard but good atmosphere is all around. All of them are my best teachers, colleagues and friends.
In this year, I also attended outside GHMC training courses. First one was IAEA 3 dimensional brachytherapy treatment for cervical cancer at Saitama University Hospital. The second was International Training Course on Carbon-ion Radiotherapy 2014 at NIRS and GHMC. The last was HIMAC International Symposium 2015 – 20th year Anniversary Event. Through all these training courses I gained a lot of knowledge and experience.
Beside working and learning, I traveled to many places in Japan such as Fuji Mt. summit, Hokkaido, Kyoto, Kobe and Osaka. Japanese culture was ancient and beautiful. Japanese have done excellent work for combination old culture with nowadays lifestyle. The most impressive in Japan is people, the Japanese are so kind, polite and always concerned about the others. Finally, I do appreciate all GHMC staffs for your dedicated work and warm hospitality.

ペッチ アリサナン
Petch Alisanant

近況報告ー川原正寛先生(群馬大学)

入局4年目、医師6年目になりました。川原正寛です。1年目は群馬大学医学部附属病院で、2年目から3年目8月までは埼玉県立がんセンターで、そして3年目9月から現在まで再び群馬大学医学部附属病院内で勤務をしております。現在の近況報告をさせていただきます。
群馬大学附属病院に戻ってきてからは加藤弘之先生、河村英将先生ご指導のもと、泌尿器グループで業務に携わっています。入局当初からの憧れであった重粒子線治療に従事することができて大変有り難く思う所存であります。症例のほとんどは前立腺癌ですが、治療方法は、重粒子線治療、IMRT、I125永久刺入治療など、多岐に渡ります。それぞれの治療方法がどのように違いがあり、各患者に対し手術治療も含めてどの治療方法が最適か思い悩みながら検討しております。重粒子線治療を扱う放射線腫瘍医としての基礎を習得するため、毎日勤務に励んでおります。特に、重粒子線治療に関しては遠方の地域からの紹介を受けることも多く、世界最先端の治療としての有用性を広めていく必要があると思います。放射線治療の中においても、重粒子線治療はより強くリードしていかなければならないものと自負している所存であります。
大学院での研究に関しても、金井達明教授、加藤弘之先生、河村英将先生に大変お世話になっており、現在論文執筆に励んでおります。大学時代などでは、臨床と研究はどちらかを選んで歩んでいかなければならない印象が強かったのです。しかし、当医局に所属してからは、臨床にも研究にも100%の力を注ぐことを全医局員が肯定し、全力で協力し合う姿勢に感銘を受けました。現在、臨床と研究の両立が大変ではあるものの非常に充実した毎日を過ごさせていただいております。研究内容に関しては、物理学的研究を行いたいという私の要望に対し中野教授が応えていただいたお陰で、現在重粒子線治療の精度測定について研究を進めさせていただいております。まだまだ物理学的内容に関しては大変未熟な自分ではありますが、今後の重粒子線治療の発展について少しでも寄与できればと考えております。
また、大学で勤務しているからには少しでも学生の教育に従事していこうと思っております。毎週ローテーションで実習に来る学生に対し、放射線治療の説明をすることで、日頃の知識を整理しています。学生がどのように考えるのか、また、学生にとってわかりやすい説明の仕方はどのようにすればいいのか、など学生に教えていくことで自分も改めて放射線治療について学んでいます。
毎日の業務、研究がやりがいのあることばかりで、大変充実した毎日があるのも多くの先生方の支えがあってこそだと思っております。今後とも多くの先生方にたくさんお世話になるかと思いますが、日々邁進していく所存でありますので今後ともよろしくお願い致します。また、今後入局を考えている、あるいは迷っている学生の皆様とも、ともに業務や研究に励んでいきたいと思いますので、興味がある方はぜひ一度見学に来てください。

近況報告ー牛島弘毅先生(埼玉県立がんセンター)

皆様こんにちは。牛島弘毅です。

医師8年目(入局6年目)になり、現在の勤務中の埼玉県立がんセンターの勤務も3年目となりました。今回の近況報告としては、勤務先である埼玉県立がんセンターの状況と、それにまつわる放射線治療の臨床について最近思ったことを中心に書かせて頂きます。

まず、埼玉県立がんセンターですが、今年の1か月に建物が全く新しくなりました。元あった敷地の、隣の敷地になるわけですが、増築ではなく完全に新築です。それに伴い放射線治療に関しても、機器の新規導入が進み、今年の1月からは全く新しい機械、全く新しいシステム、という環境となりました。
完全に放射線治療医師への説明になってしまいますが、具体的には、外照射の装置として4台-汎用機としてエレクタ社のAgility、(+旧病院から移転したSynergy)、高精度向け治療装置としてBrainLab社のNovalis Tx、IMRT専用機のTomotherapy-、腔内/組織内照射の装置としてRALS室の同室内CT+Oncentra、という状況です。このラインナップだけ見れば、大学にも全く引けをとらない(重粒子線治療はもちろん別にして)、関東圏内でも有数の治療施設ではないかと思っております。

私はこの3年間で、「大学→がんセンター旧病院→がんセンター新病院」という環境の変化を経験できているわけですが、それは臨床の観点から言えば「群大で学ぶことができた治療→旧病院では治療装置・計画装置の制限を感じた治療→新病院で新たに可能になった治療→(・・・??大学よりも、より良い治療が可能かも??)」という視点の変化でもあります。
もちろん、旧病院で行っていた治療が劣っていたという意味ではありません。
-従来の装置でも癌を完治できる!だけど、新装置ならもっと副作用を減らせるかも?
-従来の装置でも、新しい機械でも全く変わらん・・・
-新装置ならもっと線量を増やせて、局所再発は防げたかも。遠隔再発もあって予後は変わらないかもしれないが・・・
上に挙げたようなことを、考えながらの臨床の毎日です。

私が強調したいのはむしろ、新規の装置を使える立場になり気付けた、高精度化・個別化した治療が可能となった場面と、ある意味変わらない従来の放射線治療の考えというものがあるという点。これら直に経験できているのが大きな収穫であります。また放射線治療分野のみならず、新病院立ち上げという場面を間近で見て、あるいは経験できたということは非常に有意義な経験であったと思います。

上で、「変わらない従来の放射線治療」という部分で?をつけました。が、本当に変えようがないのかどうか、はまだまだ分からないし、突き詰めていくのが放射線治療医の仕事の一つです。これについて思うところを書くと、未熟な私の立場ですら、非常に長くなりますので、気軽なお酒の席ででもお話できれば幸いです

放射線治療に興味がある学生・研修医の皆様がこれを読んで、「テクノロジー・物理の進歩が、ダイレクトに治療の可能性を変える。そして、それを間近で見ながら、感じながら臨床を行える」という空気を少しでも感じて頂ければ、非常にうれしく思います。(もちろん物理の発展だけでは治療が成立しません!!放射線治療は物理と生物の両輪であり、放射線にまつわる生物学・生物研究も同じくエキサイティングですよ!!)

最後に私の直近の状況としては・・前述した治療装置に関しまして、Brainlab社主導の高精度治療計画・治療装置に関するワークショップがドイツ、ベルリンで5日間の日程で開催され、帰国直後です。この度は斎藤先生、楮本先生のご厚意もあり、大久保先生と二人で参加させて頂きました。そして、原稿が遅れてメルマガ担当の先生申し訳ございません。
ワークショップはがっちり18時まで開催され、英語で頭がパンク寸前になりながらも、8月の陽が長いベルリンの街を楽しむ時間を過ごせました。(ついでに前後の土日を使って近隣のポツダム、マイセン・ドレスデンまでは何とか足を延ばせました。)。現地の病院見学の時間もあり、文化の違いを感じながら拙い英語で質問したり、今後のモチベーションに繋がる、非常に有意義な研修であったと思います。

それでは皆様、まとまりのない文章でしたが、近況報告は以上となります。今後ともよろしくお願いいたします。