近況報告ー森康晶先生(群馬大学)

ASTRO報告記

 皆様、こんにちは。入局1年目の森康晶(もりやすまさ)と申します。
 アメリカのカリフォルニア州、San Diego Convention CenterでASTROの学術集会が9月24日から9月27日の日程で開催されました。今回、学術集会参加の機会を与えて頂き、誠にありがとうございます。僭越ながらその報告記を担当させて頂きます。
 San Diegoまでは飛行機で11時間前後、数年前より日本から直通便(JAL)が出ており、乗り継ぎのストレスなく行くことができます。機内ではAir吉野家なるものが出され、美味しく食したところで日本食と当分のお別れとなりました。San Diegoでは好天に恵まれ、全日程において晴天となり、アメリカで残暑を迎えることとなりました。San Diegoは西海岸にありメキシコと接している州のため、メキシコの雰囲気も味わうことができ、美味しいメキシコ料理も食べることができました。
 学術集会の会場であるSan Diego Convention Centerは非常に広く、企業展示の規模の大きさやポスター会場の広さ・数などアメリカサイズに圧倒されました。特に企業展示は日本でのものとは比べものにならない規模でした。
 今回は佐藤広央先生がオーラル発表、白井克幸先生、武者篤先生、久保亘輝先生がポスター発表をされました。国際学会で堂々と発表される先生方のお姿を拝見し、自分も国際学会で発表してみたいという気持ちが強くなりました。某有名漫画に『アメリカの空気を吸うだけで僕は高く飛べると思っていたのかなぁ。』というセリフがあるのですが、そんな空気がありました。夜は白井先生が留学時代に師事されていたOhio州立大学のArnab Chakravarti教授の食事会に臨席させて頂き、researcherと研究の話や日本のアニメやゲームの話もしました(アメリカでも日本のアニメやゲームは人気のようです)。Chakravarti教授は11月上旬に群馬大学で開催されるリーディング大学院の国際シンポジウムのため来日されるとのことでまたお会いできるのが楽しみです。
 学術集会ではScott Joseph Antonia MD, PhDが発表されていた3期NSCLCのCCRT後にPD-L1抗体のdurvalumabを併用or notのRCTが非常に興味深い結果でした。OSの結果はまだ出ていませんが、Median PFS from randomization was significantly longer with durvalumab (16.8 months, 95% CI, 13.0–18.1) versus placebo (5.6 months, 95% CI, 4.6–7.8; stratified HR 0.52, 95% CI, 0.42–0.65; P<0.0001)という結果で、III期のNSCLCの治療方法が変わる可能性があるかもしれません。  最後に今回のような海外の学術集会に参加する貴重な機会を頂き、中野隆史教授、医会の諸先生方にこの場を借りまして心より感謝申し上げます。 2017年10月22日 森

近況報告ー入江大介先生(奈良県立医科大)

 お世話になっております。9月1日をもって奈良県立医科大学に赴任しました入江大介です。長谷川正俊先生にご指導頂きながら日々頑張っております。今回は奈良県や奈良県立医大のことをご紹介させていただきます。

 奈良県は内陸で山が多く、群馬県と似ています。お隣の京都、大阪と合わせて「京都着倒れ、大阪食い倒れ、奈良は寝倒れ」と言われますが、奈良の寝倒れとは本来、寝過ごすと損をするという意味から生じました。しかし近年は奈良県民のあくせくせず穏やかな気風を表す言葉として用いられています。

 奈良県立医科大学は1947年に設置されており、場所は初代天皇である神武天皇を祀る橿原神宮の近くです。附属病院は病床数992床と規模が大きく、増築を繰り返した複雑な構造もあり、私はまだ全容を把握できておりません。

 その中で放射線治療科はE棟の地下1階に外来、治療機、位置決めCT室、治療計画室、カンファレンス室と大部分の機能が集中しています。放射線治療医は9名、うち週5日勤務しているのは6名です。放射線治療に関わるスタッフの数は多く、医師、看護師、放射線技師(うち物理士5名)、事務員合わせて30名、さらに常勤の医学物理士も1名在籍しています。治療機はバリアンのリニアックが4台あり(TrueBeamが2台)、さらに全室にExacTracが導入されています。年間の治療患者数は800人を超え、うちIMRTが300〜400人です。IMRTの割合が高く、日常的に行われています。診療の流れは初診患者がそれぞれの医師の専門臓器を元に割り振られ、その医師が治療計画からフォローまで一貫して担当していくという方式です。これらを長谷川教授が統括しており、日々熱心かつ丁寧にご指導を頂いています。またもう一つご紹介させて頂くと、関連病院の一つ、天理市の高井病院では陽子線治療の導入が進められており、来年に治療開始予定となっております。

 奈良医大の特徴の1つとして、多くの学生がそのまま奈良医大を研修先に選ぶというものがあります。京都、大阪が近いながらもあまりそちらに流れないところに、何か特別な魅力があるのではないかと見ています。そう言ったところもよく見ていきたいと思います。
 距離は離れましたが、何卒、引き続きのご指導の程よろしく御願い致します。

近況報告ー高草木陽介先生(うわまち病院)

 皆様こんにちは。卒後9年目となりました高草木陽介です。
 私は昨年度より神奈川県は横須賀市の横須賀市立うわまち病院高精度放射線治療センターで勤務しております。当院は昨年度より群馬大学の関連病院となったばかりで、ご存知無い方も多くいらっしゃるかと思いますので、当院の紹介をさせて頂きます。
 当院は横須賀市の中心部から徒歩で10分程の緩やかな丘の上に位置する、417床をもつ臨床研修指定病院です。地域の中核病院としての役割をもち、3次救急を担う救命救急センターや心臓血管センター、小児医療センターなどの様々なセンター機能を有します。私の勤務する高精度放射線治療センターもその1つです。
 当センターは2015年2月に新規開設され、ようやく3年目を迎えました。治療機はaxesse(エレクタ社)が導入され、通常の3次元原体照射はもちろんIMRT, VMAT, 定位放射線治療といった高精度治療の実施が可能です。前東海大学放射線科教授の大泉センター長のもと、専任の放射線技師3名、非常勤物理士1名、看護師1名で治療を行っております。2016年度の新患数は158名とまだ不十分ではありますが、院内カンファレンスに積極的に参加することで、院内からの紹介患者は2015年度の約2倍に増えています。高精度治療については特に昨年度はIMRT, VMATの拡充に力を入れ、前立腺癌のほか、腹骨盤内腫瘍や脳腫瘍に適応をひろげ2016年度は35件(2015年度8件)の治療を行いました。また、定位放射線治療についても脳10件、肺10件と徐々に件数を伸ばしています。
 人口40万人を抱える横須賀市ですが、常勤の放射線腫瘍医は当センターを含めて3人しかおりません。横浜市など近隣の地域に患者が流れていることも考えられますが、まだまだ潜在的に患者はいるでしょうから、放射線治療を必要とする患者に行き届いていないことが推測されます。当院に赴任するまで私は群馬県内での勤務が多く、患者は待っていても紹介されてくるように錯覚していましたが、それはこれまで先生方が尽力されてきた結果であり、単に恵まれた環境にいただけなのだと気付かされました。ようやく院内では徐々に浸透してきているように感じておりますが、今後は院外との連携強化に努め、さらに当センターの治療を充実させたいと考えております。
 また、私自身の近況としましては、昨年度はおかげさまで無事に放射線治療専門医を取得することができました。大学院は、「重粒子線治療における正常組織反応の定量的評価法に関する基礎的臨床的研究」を主題とし、論文を投稿中で、今年度の卒業を目指しております。
 近況報告は2回目となりました。初回は入局のご挨拶だったと記憶しています。あれから7年がたち、少しずつ出来るようになってきたことも増えてきているように思いますが、まだまだ学ぶことが沢山あります。引き続きご指導のほどお願い申し上げます。

近況報告ー岡崎祥平先生(埼玉医科大学国際医療センター)

はじめに

皆様こんにちは。医師5年目(入局3年目)になりました岡崎祥平です。
平成27年に群馬大学腫瘍放射線科学教室に入局し、群馬大学医学部付属病院で半年程度勤務した後、同年12月より現在の職場である埼玉医科大学国際医療センター放射線腫瘍科で勤務をしています。また平成28年に大学院博士課程(リーディングプログラム)にも進学し、今年で2年生になりました。臨床や研究等で多くの経験をさせていただいており、ご指導くださっている医局の先生方には大変感謝をしています。
この度、近況報告の機会をいただきましたので、埼玉医科大学国際医療センターでの勤務や大学院の研究につき報告をさせていただきたいと思います。

埼玉医科大学国際医療センターについて

 埼玉医科大学国際医療センターは群馬大学からおよそ70km南の埼玉県日高市に位置しています。当院の周辺はとても自然が豊かで、越生町の梅林や飯能市のレジャー、毛呂山町のゆずなど、近隣に多くの観光スポットや名産品があります。また小江戸の町として知られる川越市も近く、自然の面でも文化の面でも大変魅力的な地域です。
当院はがん・心臓病・脳卒中に特化した病床数700床の大学病院です。私たち放射線腫瘍科はがんに特化した包括的がんセンターの一部門として構成されており、全身のあらゆるがんに対する治療を行っています。年間放射線治療患者数は約1300~1400人で、国内では常時ベスト10以内、大学病院としては最多の症例数を誇ります。
当院は外部照射、小線源治療ともに充実しており、直線加速器による強度変調回転放射線治療(VMAT)やサイバーナイフを用いた定位放射線治療(SRT)などの高精度外部照射、およびCTやエコーを用いた3次元画像誘導小線源治療(3D-IGBT)が行われており、粒子線以外の放射線治療を幅広く学ぶことが出来ます。
当科の常勤医は同門の加藤眞吾先生、野田真永先生、小松秀一郎先生を含めた6名ですが、その6名で年間1300人以上の患者の診療にあたりますので、私たち若手でも多くの症例を担当し様々な臨床経験を得ることが出来ます。土地柄のせいか進行期症例が多いのも当院の特徴で、治療方針に迷うことも多々ありますが、当科には上級医の先生方に相談しやすい雰囲気があり、その度にフィードバックをいただくことができ日々大変勉強になっています。
臨床だけでなく研究の面でも加藤眞吾先生や野田真永先生をはじめ上級医の先生方にご指導をいただいています。現在は当院で3D-IGBTを行った子宮頸癌の治療成績や局所再発因子などについてデータをまとめています。この研究については今年5月に奈良で開催されました日本放射線腫瘍学会小線源治療部会のシンポジウム内で発表する機会をいただき、大変貴重な経験になりました。

大学院研究について

 大学院では、埼玉医科大学国際医療センターでの研究にも関連しますが、商用ソフトウェア(MIM Maestro©)を用いた子宮頸癌の放射線治療における線量合算をテーマに研究に取り組んでいます。物理の知識を要するテーマのため分からないことばかりで、思うように研究が進まない時期もありましたが、村田和俊先生のご指導のもと1つ1つを解決しながら何とか研究を進めています。大学院講義でのプレゼンなど、度々研究の成果や進捗状況を発表する機会があり、その度に中野先生をはじめ医局の先生方に熱心なご指導やご助言をいただき、そのおかげで徐々に研究の方針が定まってきました。この研究を早めに論文にできるよう引き続き研究を進めていきたいと思います。

おわりに

現在は臨床の面でも研究の面でも充実し、日々貴重な経験をさせていただいています。入局当初は本当に何も分からないひよっ子だった私ですが、周りの先生方に親身になってご指導をいただいたおかげで、少しずつですが成長しているのを実感しております。
これからも臨床に研究に鋭意努力致しますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

近況報告ー土田圭祐先生(がん研究センター中央病院)

(はじめに)

皆様こんにちは。医師5年目(入局3年目)の土田圭祐と申します。新潟大学出身で、学生時代より放射線治療に関心があり、群馬大学病院で初期研修を行い、群馬大学放射線科に入局させていただきました。

もともと、学生時代に一学年下の妻と学生結婚をし、今年小学校に入学した長男がおり、共働きであり、子育てのことなどを考え、入局1年目より国立がん研究センター中央病院にて後期研修を行っています。医局の先生方には、家庭のことを御考慮いただき、とても感謝しています。昨年10月に長女も生まれ、家の中は動物園状態であり、家庭にかなりのエネルギーをそそいでいる状況であります。今回は、3年間勤務させていただいている国立がん研究センター中央病院のことと、子育てについてお話したいと思います。

 

(国立がん研究センター中央病院)

1962年にがん医療の拠点として創設されました。場所は今話題の築地市場の目の前で、銀座まで歩いて5分ぐらいです。場所はかなりハイソなところにありますが、私の場合は妻の実家暮らしで、毎日車の中でコンビニのおにぎりを食べながら一分一秒を争いつつ帰っているような生活で、グルメな暮らしとは程遠いです。本題に戻しますと、がん研究センター中央病院放射線治療科には4台のリニアックと1台のサイバーナイフ、最近導入されたViewray社のMRIdian (MRIでリアルタイムに腫瘍の移動をみながら、Gating照射を行う装置。実際の腫瘍の動きをみるとなかなか感動的です。)、

他に同室CTを有する小線源治療室があり、高精度治療から小線源治療まで、粒子線治療以外はほぼ全て行なっています。

新患数は年間あたり2500人以上と多く、どの分野の治療も万遍なく経験させていただいています。日々忙しいながらも丁寧に患者さんの利益になる最善の治療を提供できるよう、日々こころがけて診療を行っています。

 

(子育てについて)

妻も医師としてフルタイムで働いており、祖父母の協力もありますが、色々とやることも多く忙しくやっています。2人の子供が騒いでいるとなかなかchaosな状態ですが、笑顔を見ると安らぐこともあり、頑張る支えとなっています。仕事とはまた違う得難い経験も得られることであり、頑張らなくてはいけないと思っています。

 

(おわりに)

少し離れたところで勝手にさせていただいており、なかなか医局の活動に参加も出来ていませんが、何かの度に声をかけていただいたり、気にかけていただいたりと、医局の先生方には大変ありがたく思っております。今後ともご指導、ご鞭撻の程、何卒よろしくお願いいたします。

近況報告ー宮坂勇平先生(放射線医学総合研究所病院)

(はじめに)

皆様、こんにちは。医師4年目(入局2年目)の宮坂勇平と申します。昨年4月に群馬大学大学院腫瘍放射線学教室に入局し、昨年10月から放射線医学総合研究所病院(放医研)で勤務しています。また、入局と同時に大学院博士課程(リーディングプログラム)に進学し、研究活動を行っています。この度、近況報告の機会を頂きましたので、簡単ではありますが報告致します。

(放医研について)

昨年、放医研では大きな枠組みの再編があり、高崎量子応用研究所、関西光科学研究所、那珂核融合研究所、六ヶ所核融合研究所とともに、量子科学技術研究開発機構(量研機構;QST)の一員となりました。また、今年は創設60周年という節目を迎えます。

放医研では昨年、第5世代量子線治療装置(量子メス)の開発計画が発表されました。具体的には、重粒子線治療装置の大幅な小型化・低コスト化と、さらに高い治療効果を目指したマルチイオン照射の開発に関して、住友重機械、東芝、日立製作所、三菱電機と包括的協定を結んだことが各種メディアに取り上げられました。今年5月からは回転ガントリーを用いた重粒子線治療の臨床試験も始まりました。最先端の環境で仕事をすることは非常に得難い経験だと感じています。

私は、小此木先生のご指導のもと、主に婦人科腫瘍全般の診療に携わっています。臨床はもちろんのこと、J-CROS(Japan Carbon-Ion Radiation Oncology Study Group)の分科会などにも参加させて頂き、重粒子線治療の現状や将来の展望について広く学ぶ機会を頂き、大変勉強になっています。

(大学院研究について)

大学院では、子宮頸部腺癌に関するテーマを頂き、吉本先生のご指導のもと研究活動に取り組んでいます。分からないことばかりの状態からのスタートでしたが、多くの先生方のサポートを頂き、研究を進めています。現在、放射線科ではほとんどの若手医師が大学院に進学していますので、大学院生同士で気軽に相談し合える環境にも大変助けられています。

リーディングプログラムでは、海外の著名な先生方からレクチャーを受ける機会が多く、その度にとても良い刺激を受けています。また、昨年夏には ASTRO(American Society for Radiation Oncology)に参加し、今年は、小此木先生のご指導のもとPTCOG(Particle Therapy Co-Operative Group)で発表を行うなど、国際学会に参加・発表する機会を頂き、自然とグローバルな視点でがん治療を考えることが多くなったと感じています。

(おわりに)

このように充実した環境で仕事が出来ていることは大変得難いことであり、中野教授をはじめとした先生方のお陰であると思います。ありがとうございます。

まだまだ経験の浅い自分にとっては毎日が学びの機会ですので、今後とも精一杯、臨床に研究に励んでいきたいと思います。

短期インターンシップ報告ー大西真弘先生(群馬大学)

 皆さま、こんにちは。この4月で入局4年目になります、群馬大学医学部附属病院の、大西真弘です。今回、重粒子医工学グローバルリーダー養成プログラム(リーディング大学院)で、2週間の短期インターンシップを行う機会を頂き、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンにあるアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration, NASA)Johnson Space Center(JSC)にてインターンシップを行いましたので、報告させて頂きたいと思います。
 テキサス州はアメリカ本土南部、メキシコとの国境に位置しており、その面積はアラスカ州についで第2位で、およそ日本の2倍の広さです。日本との時差はマイナス14時間です。ヒューストンはテキサス州最大の都市で、Space Cityという愛称で呼ばれています。ヒューストンでは、移動手段はほぼ自家用車です。街ではスクールバスは時折見かけますが、歩いている人はほとんどいませんし、自転車もタクシーも見かけません。私の宿泊先はJSCにもっとも近い立地にあるホテルで、入り口までは徒歩10分ほどでしたが、センターの中は広大で、研究室まで歩いて30分以上かかりました。その後、自転車をお借りして、通勤時間は短くなりましたが、生活をするには車は必須で、つぎに来るときは国際運転免許を持ってきたほうがいいと言われました。
 JSCは全米に10施設あるNASAのフィールドセンターのひとつで、宇宙飛行に関する訓練、研究、管制センターの役割を担っています。よく知られているフロリダのケネディ宇宙センターは、有人宇宙飛行のための発射場です。私は、Human Adaptation and Countermeasures DivisionのRadiation Biophysics Lab ManagerであるWu, Honglu先生のもとで、インターンシップを行いました。Honglu先生の研究室では主に、微少重力、宇宙放射線による細胞や遺伝子に対する影響について研究を行っています。私がインターンシップを行った37番の建物は歴史的は、アポロ計画において月から帰還した宇宙飛行士からの未知の病原体の感染を予防するため、宇宙飛行士が隔離され、検査が行われた建物です。現在は、ライフサイエンス分野の研究が行われています。私は主に、ドイツから来ているMaria Moreno-Villanueva先生のご指導のもと、実験を行いました。
 インターンシップ初日には、血液を取り扱う実験を行うにあたり、NASAの血液防護の安全講習会を受講しました。2日目以降は、基本的には、朝は8時より実験を開始し、昼の休憩を挟み、夕方まで実験を行いました。少し意外に思いましたが、研究室のメンバーは朝8時には規則的に出勤し、夕方までしっかりと働いていました。JSCでは土日の休日に加えて、平日に1時間ずつ長く働くことで、2週間に一度は金曜日を休日にしているような工夫がなされていました。実験は具体的には、宇宙飛行士から採取した血液サンプルからリンパ球を分離し、PCR法にてDNA解析を行ったほか、健常者ドナーの血液サンプルから分離したリンパ球を疑似微少重力下で培養し、放射線照射や薬剤投与によって生じる影響についてフローサイトメトリー法などを用いて解析を行いました。また、蛍光顕微鏡を用いて染色体異常を観察するなど、さまざまな経験をさせて頂きました。血球分離からフローサイトメトリーまでの一連の実験は、ひとりで出来るまでになり、教えて頂いたテクニックは、現在行っている自身の研究にも活かすことができるものでした。
 そのほか、いくつか他の研究室の見学も行いました。免疫学の研究室においては、宇宙の微少重力下で使用するために開発されたフローサイトメーターが印象的でした。Spacesuit life support designを行っているHeather Paul先生の研究室では、微少重力下において生じる骨粗鬆症や筋力低下を防ぐための宇宙飛行士のトレーニングについて講義を受けました。また、国際宇宙ステーションの利用についてNASAとの調整を行っている宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency, JAXA)ヒューストン駐在員事務所を訪問する機会を頂きました。久留所長より、JAXAが行っている事業や国際宇宙ステーションの船内実験室「きぼう」における宇宙実験について説明を受けました。今回のインターンシップについて話をしたところ、今後、文部科学省などと協力して、日本の学生がNASAでインターンシップが行えるような枠組みを作っていきたいと仰っていました。久しぶりに日本語で話をして、ほっとしました。
 週末は、Honglu先生のご自宅にお食事に招いて頂きました。Honglu先生は、テキサスだからだよ、とおっしゃっていましたが、広大な敷地にプールやテニスコートもある豪邸で、庭で巨大なステーキをグリルで焼いて頂き、楽しい時間を過ごしました。
 今回のインターンシップは、重粒子線治療に直接的に関わるものではありませんが、人類の夢を現実にする最先端の研究を行っているところでは、群馬大学の重粒子線治療とNASAの精神は共通するものがあり、その中で、インターンシップを実施出来たことは有意義でした。英語で言いたいことをうまく伝えられないことも多々ありましたが、どの先生にも親切にして頂き、帰るときには、Honglu先生に、今度は長期に研究しに来るといいと言って頂き、嬉しかったです。
 今回のNASAのインターンシップは、高橋昭久教授にHonglu先生をご紹介頂き、実現しました。重ね重ね厚く御礼申し上げます。また、このような貴重な機会を与えて下さった中野隆史教授、医会の諸先生方、手続きを手伝って下さった事務の方々に、この場を借りまして心より感謝申し上げます。

近況報告ー森康晶先生(前橋赤十字病院)

 2017年4月より入局する森康晶(もりやすまさ)と申します。今後ともよろしくお願いいたします。生まれは青森県五所川原市です。立ちねぶたで町おこしを頑張っているようです。
 2015年3月に群馬大学を卒業し、前橋赤十字病院で初期研修をしています。群馬大学には学士編入学で2年時から編入しました。以前は東京にある日本獣医生命科学大学の獣医学部獣医学科に在学、6年生時10月に編入学試験を受けて合格、現在に至ります。同時期に獣医師国家試験も合格して現在はダブルライセンスです(獣医師免許を行使したことはありませんが…)。
 医学部へ入ろうと思ったきっかけは、獣医学部5年生時にあった分子標的薬についての授業で興味がわき、臨床研究をしたいと思ったことです。そのため、当初の志望科は腫瘍内科でした。ですが、東京都内の病院などを見学して、現在の日本の縦割り診療の状況では腫瘍内科としてキャリアを積むことや科が存在する病院がないこともあって難しさを感じました。群馬大学に入学して重粒子線を含めた放射線治療について知り、必修ポリクリ・選択ポリクリ・飲み会など参加させていただきました関係で切らない癌治療としての放射線治療に興味がわき、いろいろ考えた結果、放射線治療科への入局を決めました。
入局と同時に大学院にも進学いたします。至らぬ点多々あり、ご迷惑をおかけすることがあるかと思いますが、御指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

  
  

近況報告ー小松有香先生(群馬大学)

4月から入局予定の小松有香(旧姓:重田)と申します。10月に同期の小松君と入籍しまして、入局後は苗字を小松にすべて統一させていただく予定です。皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
私は群馬大学出身ではなく、杏林大学という私立の医学部で大学6年間を過ごしました。出身地は群馬県で、高校は前橋女子高校です。大学卒業後は群大で2年間研修させていただいています。研修医としての2年間のうち13か月という長い期間、放射線科を選択させていただきました。私の代から、内科枠として最大2か月間、放射線科を選択することができるようになり(病棟があるからという理由で)、自由に選択できる11か月間と合わせて最大限放射線科をローテートさせていただきました。
私が放射線科医になろうと決めたのは医学部5年の夏です。それまでは漠然とですが、婦人科腫瘍に興味があったため、産婦人科志望でした。ですが出身大学のポリクリで婦人科を回り、当時担当してくださった先生に相談した際、「先生は婦人科、向いてないと思う。」とはっきりと言われてしまい、考え直すことになりました。文脈的には、産婦人科は体育会系のような雰囲気で、それが向いていないと言われた理由と捉えました。杏林大学は群大と異なり、立地が良い(最寄りは吉祥寺駅)などの条件から研修医がかなり集まる大学病院(1学年60人定員でフルマッチすることも)で、学生の勧誘はあまり盛んではありません。ポリクリの時に、はっきり言っていただいたおかげで、外科系に進むことは諦めました。そして次に考えたのが腫瘍内科です。婦人科腫瘍だけでなく、何かしら癌治療に携わりたいなと考えていたため、腫瘍内科のようにいろいろな癌患者さんに関わることができる科が魅力的に思いました。しかし、腫瘍内科は新しい分野のため存在する病院が限られており、腫瘍内科がある病院に実習に行ったりもしましたが、なかなか実際は難しいなと感じました。
前置きが非常に長くなりましたが、いろいろ考えた末、放射線治療に至りました。杏林大学ではポリクリの放射線治療の実習がわずか3時間しかなかったのですが(実際の治療の様子と外来見学込みで)、私には放射線科医の知り合い(神奈川県立がんセンター放射線治療科部長 兼重粒子線治療科部長:中山優子先生)がいらっしゃったため、放射線治療科というものがあるということを知っていました。中山先生がいらっしゃらなかったら、まず放射線治療の存在が頭に浮かんでこなかったと思います。中山先生は私が小学生の時、家が隣で、また中山先生の娘さんが私と同じくらいの年であったため、よくお互いの家を行き来していました。放射線科の先生方が中山先生の家で飲み会をしているのも見たことがあり、物心ついた時から実は縁があったのではと感じています。
そんな訳で放射線治療に興味を持ち、医学部5年の夏に群大の放射線科を見学、6年生の時に1か月間実習させていただいた末、放射線科医になることを決めました。
因みに同期の小松君は、研修医になった当初は麻酔科医になると決めていました。ですが、同期欲しさに私が勧誘し、そして成功しました。共に頑張りますので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

近況報告ー小松秀一郎先生(群馬大学)

 はじめまして。平成29年度入局させていただく、小松秀一郎と申します。今後とも末永くよろしくお願いいたします。
 私は平成27年3月に群馬大学医学部を卒業し、同大学附属病院にて初期研修をしております。学部生時代は、硬式テニス部に所属しておりました。OB・OGには野田真永先生、渋谷圭先生、岡野奈緒子先生、小林大二郎先生といった偉大な諸先輩方がおり、安心と同時に気が引き締まるような思いで現在大学にて放射線治療の研修をさせていただいております。
 学部生時代には英語のプレゼンテーションという鮮烈なジャブから始まった当科でのポリクリは、全科の中でも最も印象的な実習となりました。アカデミックな雰囲気と重粒子線治療や留学というスケールの大きな話が繰り広げられる当医局に対して強烈な羨望を覚えたのを今でも覚えています。医師として何か大きなことを成したい、エビデンスを発信するようになりたい、という気持ちが強くなり、悪性腫瘍という世界最大級の病の治療に携わるべく群馬大学医学部放射線腫瘍学教室の門をたたきました。
 放射線科での初期研修では青チーム(婦人科・食道・脳)5ヶ月と緑チーム(頭頸部・肺・リンパ腫)3ヶ月を回らせていただきました。病棟マネージメント、治療計画など日々の業務に慣れることができたのも、層の厚い優しい上級医・若手医師のおかげです。また、研修医ながらThe 7th International Society of Radiation Neurology Conferenceという国際学会での英語ポスター発表の機会もいただき、貴重な経験を得ることができました。各種カンファレンスの折々で、世界の中野教授の哲学を学ばせてもらうこともできました。日々エキサイティングな研修をさせていただいております。
 平成29年度入局者は私を含め3人で、その一人の森先生とは学部時代からの付き合いでもあります。また、もう一人の重田(旧姓)とは大学での初期研修で知りあい、研修後半に結婚いたしました。夫婦共々放射線科に入局いたします。
 平成29年4月からは群馬県外での勤務の予定です。同時に大学院進学予定です。早く一人前になれるように、大学院研究が進められるように、邁進していきたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

近況報告-岩永素太郎先生(群馬大学)

JASTRO報告記

皆様、こんにちは。岩永素太郎です。今回11月25日から11月27日にかけて京都で日本放射線腫瘍学会第29回学術大会が開催されました。僭越ながらその報告記を担当いたします。
今回も本教室から多数の演題発表がありました。ポスター、一般演題、要望演題、教育講演など多くの範囲で皆様の日頃の成果を示していただきました。その中でも吉田由香里先生が「炭素線分割照射治療におけるマウスモデルを用いた治療効果比の評価」という演題で梅垣賞を受賞されました。また、若手では昨年の岡崎祥平先生に引き続き、重田有香先生が「同時化学重粒子線治療により完全奏功が得られた口腔悪性黒色腫の一例」で優秀教育展示賞を受賞されました。本当におめでとうございます。
話はかわりまして、ご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、近年大会二日目の情報交換会ではJASTROオーケストラによる演奏が行われています。本大会でも情報交換会のオープニングに演奏が行われました。群大からは水上先生(トランペット&フルート)、重田先生(ホルン)、熊澤先生(ヴィオラ)、岩永(チェロ)の4名で参加いたしました。曲はビゼー作曲「カルメン組曲」より「闘牛士」、ビートルズメドレー、そしてシュトラウス作曲「ラデツキー行進曲」でした。なおビートルズメドレーは平岡大会長の趣味が反映されているのではないかという噂でした。演奏者は本番前夜に約2時間の全体練習を行い、本番の前にも午後3時から全体練習を行うという力の入りようで、全体練習中には自身の発表や座長の時は一時抜けて、それぞれの役割が終わればまた練習に参加するというハードスケジュールをこなしていました。私がJASTROオケに参加するのは今回で2回目となりますが、先生方の変わらぬ音楽への情熱には未だに驚きを禁じ得ません。情報交換会本番では参加者の皆様に楽しんでいただけたのでないかと思っております。また、今回はオーケストラ単独の演奏だけではなく、京都大学の学生さんと会場の皆様の合唱と一緒にビートルズの「Let It Be」を演奏させていただきました。学生さんの合唱と一緒に練習したのは本番直前の1回だけと、こちらもタイトなスケジュールでしたが、何とか無事に演奏することができました。今回会場で聴いていただいた皆様、日頃から応援していただいている皆様、誠にありがとうございます。今後も精進していきたいと思っております。
以上JASTRO(オケ)報告記でした。

近況報告ー村田裕人先生(日高病院)

皆様、こんにちは。医師8年目となりました村田裕人です。現在は、日高病院腫瘍センターで、トモセラピーによるIMRTを担当する日々を送っております。僭越ながら、2016年10月20日(木)~22日(土)にかけてパシフィコ横浜で開催された、第54回日本癌治療学会学術集会(会長 群馬大学大学院医学系研究科 教授 中野隆史)の学会報告記の筆を執らせてい頂きます。

大会長はご存知の通り、当教室を支える中野教授が務められました。日本癌治療学会は1963年に設立された、会員数17,000を超える本邦最大の領域・職種横断的がん関連学術団体です。群馬大学が本学会を主催するのは、実に43年ぶり、第11回(1973年)以来となります。歴代の会長の多くは外科系であり、放射線科から大会長が選ばれること自体が稀な中、歴史と伝統のある癌治療学会の会長に選出された中野教授の偉大さが改めて身に染み、スタッフとして運営に少しでも携われたことを嬉しく思います。

本学術集会のテーマは、「成熟社会における,がん医療のリノベーション」です。単にがんを治すだかでなく、個々の背景を尊重・理解し、患者の人生そのものを一緒に考え、最適な治療法を提案するという、真の意味での医療者として患者・家族の支えになるというパッションが込められています。プラグラムにも随所に、高齢者への治療、補助療法、ケアサポート、教育、人材育成などの全医療的なセッションが設けられ、熱い議論がなされました。

大会1日目の特別講演には国際原子力機関(IAEA)事務局長の天野之弥先生にご登壇頂きました。このような貴重な講演が実現できたことは、放射線治療の発展途上国への普及という国際貢献に当教室が長年携わってきた経緯をご評価頂いた賜物でした。

大会2日目の会長講演の後には、オートファジーの研究で2016年10月3日にノーベル生理学・医学賞を単独受賞された大隅良典先生の特別講演がありました。大会参加者の全員が注目する講演であり、会場の混雑が予想されるため、もっとも収容人数の多い国立大ホールに会場変更を受賞が決まってから急遽変更し対応し、大盛況となりました。大隅先生の講演が決定したのは、もちろんノーベル賞受賞前のことです。中野教授が、特別講演の演者には、未来のノーベル賞候補者にお願いするといっていたことが、タイムリーに具現化した衝撃、先見の明には驚嘆いたします。

大会3日目には、世界的なジャズピアニストで、群馬県桐生市出身の山中千尋さんの特別コンサートが開かれました。大会2日目夜の会長招宴でも山中千尋さんにご演奏頂いています。現在はニューヨークを拠点に活動され、世界各地でコンサートを開催されています。今回、群馬大学が主催にあたり、本大会中の演奏を郷土愛から快く引き受けて下さりました。コンサートの最後は必ず桐生市名物「八木節」で締めるとのことで、初めて生演奏を拝聴しましたが、民謡とジャズの融合、アレンジが素晴らしく、感動しました。

他にも、工夫を凝らしたプログラムが設けられました。例えば、従来の教育講演をインターナショナルセッションとし、各がん腫ごとに第一人者である先生に登壇頂き、前半は日本人演者からの発表、後半は海外演者からの発表、最後にディスカッションの時間があり、日本、欧米の最新の診療ガイドライン、トピックを学ぶことが出来ました。

大会中には、群馬大学大学院博士課程の重粒子線医工学連携グローバルリーダー養成プログラム(通称リーディングプログラム)に所属する大学院生による国際シンポジウムも開催されました。英語による自身の研究のプレゼンテーション、質疑応答がありました。ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院のRadiation Oncology部門のトップであるJay Loeffler先生などの海外の著名な先生方にもご参加頂き、国際色豊かなアカデミックな議論の場となりました。

大会3日目の午後には、がんジュニアセミナーin横浜も開催しました。本学会のプレイベントとして10月1日(土)に市民公開講座・重粒子線がん治療施設見学会を開催し、同日にがんジュニアセミナー in 前橋も開催しています。小学生高学年向けのがん教育であり、講師は群馬大学放射線科、外科の若手医師が務めました。メモを取りながら熱心に授業を聞く小学生のひたむきさに、自分も励まされました。

レセプション、おもてなしなどでも、随所に群馬らしさが取り入れられました。ポスター会場のある展示ホールでは、伊香保温泉から直送の足湯コーナー、無料での焼き饅頭の提供、群馬物産・観光案内コーナーを設けました。ランチョンセミナーでは、おぎのやの峠の釜めし、会員懇親会では、上州牛のローストビーフや地酒などが振舞われました。会員懇親会での開会セレモニーで行われた、羽織袴姿の中野教授を先頭にした神輿行列での入場シーンは圧巻でした。高崎まつりで高崎鞘町 右京會の方々と一緒に普段からと神輿を担がれている中野教授の晴れ舞台のため、沢山の右京會メンバーに高崎から駆けつけて頂きました。高崎頼政太鼓の方々にも素晴らしい太鼓の演奏を頂きました。懇親会の最後には、もはや伝統芸能の域に達した、当教室の川原先生、入江先生、岡崎祥平先生による応援団エールで会場を盛り上げて頂きました。

大会前夜の代議員懇親会から始まった3日間強の大会運営の有終の美となる閉会式では、大会長の中野教授と大会運営の中心となった野田先生による達磨への目入れが執り行われ、次回大会長となる北里大学外科の渡邊教授には中野教授から、次回大会の成功を祈願して、新調の達磨の贈呈が行われました。

大会中は晴天にも恵まれ、参加総数も9,000名を超える大盛況で、大会運営を無事成功裏に終了いたしました。昨年の前橋で開催した日本放射線腫瘍学会第28回学術大会に続いての、2年連続での大きな大会運営を当教室員、同門会一丸となって乗り越えることの出来た、非常に達成感のある充実した年となりました。群馬大学放射線科の熱いソウルはこれからも燃え続けることでしょう。以上、学会報告記でした。

近況報告ー岩永素太郎先生(関東脳神経外科)

皆様、こんにちは。今年度で医師4年目になりました岩永素太郎と申します。前回寄稿したのが入局挨拶だったので1年3ヶ月ぶりになります。医師3年目(入局1年目)より関東脳神経外科病院サイバーナイフセンターで勤務しているので、こちらもほぼ同じ期間となる1年4ヶ月になりました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今の職場で常勤医は私一人です。医師3年目になるときに一人常勤医として勤めるように言われた時は正直何かの冗談かと思いましたが、今では「センター長」と皆様に呼ばれるまでになりました(正確にはセンター長は現在空席であり、私はセンター長ではありません)今回はこのような機会をいただいたので、皆様に是非サイバーナイフについて知っていただきたいと思っています。

サイバーナイフでは一体何ができるのか?まだ答えは完全にはわかっていません。一般的には脳転移などの頭蓋内病変に対しての治療に多く使われています。その他では頭頸部病変や肺癌、肝癌などが適応となっており、今年度より前立腺癌に対しても定位照射の保険適応となりました。当院では脳、頭頸部の他にも腹部リンパ節転移などの病変に対しても治療を行っています。特に、最近は放射線治療後の照射野内再発など既存の方法では治療が難しい症例に対して外勤で来ていただいている先生方と協議しながら取り組んでいます。

サイバーナイフの特徴は多方向から5mm〜60mmの細いBeamを照射できる点と継時的な追尾機能がある点です。治療計画としては、線量集中性が高くリスク臓器を避けることが可能だと考えられています。また、病変に対しての線量分布では中心点が非常に高線量となります。例えば、当院における基本的な脳転移の計画ではTargetの辺縁に20Gyを処方しますが、中心点は40Gy程度が照射されるようになります。Target内の均質性を求める一般的な放射線治療とは違い、分布上は小線源に近い治療であると考えています。以上の特徴より腫瘍制御の向上と有害事象の低減の両立が可能であると考えています。

しかしながら、サイバーナイフはあまり普及していません。ひとつには今までサイバーナイフを扱っていた医師の多くが脳外科医であった点があると思います。現在では徐々に放射線治療医が携わる施設が増え、先述したように適応も体幹部に拡大されてきました。しかし、まだ未知のことも多く、今後Evidenceを積み重ねていくことが求められています。私も赴任してから今までに様々な学会や研究会で6回ほどサイバーナイフに関わる発表をさせていただきました。また、日々の診療では群馬大学をはじめ関連病院より多くの症例をご紹介いただき、微力ですが私なりに皆様のお役に立てているのではないかと自負しております。そういった意味で特に若手の先生には大変魅力的な分野なので、是非積極的に関わっていただきたいと思っています。また、日頃の臨床でお困りのことがあればお役に立てることもあると思うのでご相談いただければ幸いです。

最後にこのようなチャンスを与えていただいた中野先生とご指導いただいている先生方に感謝申し上げます。今後とも皆様のご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願いします。

 

近況報告 −佐藤浩央先生(群馬大学)

近況報告 −ラボマネージャーとしての日々−

皆様こんにちは。2008年卒、国試直前模試の必修科目で偏差値20台をマークしたのも今は昔、無事に医師9年目になりました佐藤浩央です。現在は群大病院にて、放射線科の泌尿器科腫瘍チームの一員として勤務しております。

放射線科の泌尿器科腫瘍チームの中のいち医員ではありますが、実はもう一つ、特殊な役職に就いております。生物研究・実験、研究室運営の統括を行う、通称「ラボマネージャー(以下 LM)」という役職です。そのため週一回の外来以外はほとんど院内におらず、病棟当直では看護師さんに「あ、先生お久しぶりです。」と暖かく迎えて頂いております。このメールマガジンを読んで頂いている学生さんも「ポリクリ回ったけど、佐藤なんて医者いたっけ…?」と思われるかもしれませんが、私は実在しております。

さて今回の近況報告は、編集者より「主に学生をターゲットとして、LMが日々どんなことをしているのか書いてほしい」と、(締切の4日も前に)依頼を頂きましたので、1) LMとはどんな仕事をしているのか、2) 医者が研究を行う意味、といった内容を中心に書かせて頂こうと思います。

1) LMとはどんな仕事をしているのか

現在のLMの仕事は、大きく分けると以下の5つです。

  • 自身の研究テーマ「放射線治療における腫瘍免疫の重要性」の研究
  • 留学生(3名)や大学院生の生物実験のコーディネート、サポート
  • 他教室との共同研究に関する交渉
  • 医局員の生物研究に関する業績管理統括、コーディネート
  • その他研究に関する雑務(各種書類作成など)

1.に関して書かせて頂きますと、私の研究テーマは、学位指導を頂きました、現・福島医科大学放射線腫瘍学講座教授の鈴木義行先のご指導から始まりました。2010年の入局と同時に大学院に入学し、鈴木先生から頂いたご指導のもと、現在も一貫して上記のテーマで研究を進めております。

学位取得の直後に、皆様周知の通り、抗PD-1抗体の鮮烈な登場をはじめとした腫瘍免疫全盛の時代を迎えられたことは、非常に幸運でした。現在でも同じテーマを抱えつつ、去年からは群馬大学の先端科学研究指導者育成ユニットの柴田淳史先生と共同研究という形で実験に取り組んでおります。柴田先生はDNA損傷応答の第一人者で、私の放射線腫瘍医としての知識と腫瘍免疫に関する知識を持ち込み「放射線によるDNA修復応答が腫瘍細胞のPD-L1発現を誘導するメカニズムの解析」というテーマで実験を行っております。予想通り、またはそれ以上にいい結果を得られており、半年以内に投稿予定です。

2.について、当教室は昔から多くの留学生を受け入れてきました。現在放射線科には「グローバルリーダー養成ログラム(通称 リーディング大学院)」という大きなプログラムの下、3人の留学生がおります。留学生は生物研究の経験が全くない状態で入学しますので、研究指導は大変です。臨床に例えるなら「未経験者にCVカテーテル挿入から補液量設定までを英語で教える」レベルの業務が続くと想像してもらうといいかも知れません。当然、臨床の片手間でできるものではなく、あらゆる面でサポートが必要になり、その調整・サポートも現在のLMの重要な業務になっています。もちろん留学生だけでなく、医局員の大学院生の教育・サポートも重要な業務です。なぜなら教育は、本報告の書き出しにある通りの成績だった私を「医学博士」にまでしてくれるものだからです。中野教授、鈴木先生はじめ多くの先生から頂いた指導を後輩に伝え、一人の研究者として学位取得をサポートすることが、私を育てて頂いた先生方への恩返しになると信じております。

3.もまた重要な業務と考えています。具体的な結果としては、中野教授のご厚意のもと、今年度より病態病理学教室(横尾英明教授)との共同研究体制を確立しました。生物検体からのパラフィンブロック作成、薄切、免疫染色、結果の評価までを一貫して依頼できる状態です。近年の生物研究の分野では、各部門のエキスパートが協力して一つの研究を進めるのがスタンダードのようです。以前は当教室で行っていた免疫染色ですが、安定した高いクオリティで大量の標本を扱える病理学教室と提携することで、よりクリアな研究結果を得られるようになりました。

 

2) 医師が研究を行う意味

そもそも、なぜ放射線腫瘍医である私がわざわざ研究中心の役職に就いているのか疑問に思われる方もいると思います。これにはいくつかの理由があります。

まず大前提として、大学病院というのは臨床だけでなく、教育、研究の責任も等しく担っており、この点で他の病院とは使命が大きく異なります。

また、群馬にいるとつい錯覚しますが、放射線腫瘍学は未だ明らかにマイナー分野です。全国的にも依然医師が不足している状態ですので、全国ほとんどの放射線腫瘍医は臨床を中心とした業務に従事し、基礎研究を進めることは難しいのが現状ではないでしょうか。しかしがん治療において放射線治療が担う責任は常に高まっており、つまり、同じくがん治療の中心を担う外科や内科と同じレベルで、分野内の基礎研究が求められると言い換えられます。その意味では、全国トップクラスの人員数を誇る群馬大学放射線科が、放射線腫瘍学の基礎生物研究を進めるのは、もはや使命であると考えます。

ただ、一人の医者の基礎研究能力は、(少なくとも今の私は)率直に言って本職の基礎研究者の足元にも及びません。それでも医師が研究を行う意味は、「臨床からのフィードバック」という、医師しか持ち得ない視点を持ち込めることだと言えます。もっともシンプルな例は「同じ放射線量を同じように投与しても、治る患者さんと治らない患者さんがいる。その原因は何か?」ですが、この感覚は、実際に多くの基礎研究者と話をすると、我々医師の思った以上に乖離のある点のようです。この点が、医師が研究を行う意味であると考えます。

また上記から、医師の理想的な生物研究の体制とは「熟練したスキルを持つ臨床に関心の高い基礎研究者との共同研究」ではないか、と考えるようになりました。

最後に

私は今、本当に毎日楽しく仕事をしています。実際に、上記の通りの理想的な体制での研究を進められています。その環境を整えてくださった中野教授、先代LM尾池先生には大変感謝しております。さらに私がLMの業務に専念できるのは、どんなに忙しくても日々の臨床面での業務を負担してくださる同チームの河村先生、久保先生、水上先生、安達先生、そしてもちろん大学病院の先生方全員のお陰に他なりません。皆様のご協力に応えられるよう、しっかりと成果を出していく所存です。

研究を中心に仕事をしていると言っても、私は医師ですので、最終的な目標は「患者さんのためになる仕事」です。数年がかりの仕事ですが、一人でも多くの患者さんおよび家族が幸せになれる仕事をしたいと思っております。

当教室の教授は「世界のNakano」です。伊香保での中野教授就任10周年祝賀会で教授から提案されました通り「中野教授の名前をNatureに載せること」、この目標は皆様周知の通りです。当然Natureレベルの論文は易々と書けるものではありませんが、その目標を念頭に置き日々の研究を進めることが、いずれ大きな成果につながると思っています。

さて、いざ書いてみると、あまりの長文っぷりに我ながら呆れ果てます。内容もまるで素人の出来の悪い随筆のようになってしまいました。この忙しい時期に、果たして最後まで読んでくださった方がいるのか不安で仕方ありませんが、「LMはどんなことをしているのか」という依頼には応えられたのではないかと思います。

ここまで読んでくださった学生の皆様へのメッセージとして、群大の放射線科では実に様々な生き方を選べる、ということをお伝えしたいと思います。私が強く印象に残っている先輩の言葉で、「群大放射線科の最大の強みは、最新機器ではなく、日本で一番、教えてくれる先輩が多いこと」というものがあります。多くの先輩から指導を頂き、多くの選択肢から人生を選べる、こんなことができる環境にいる私は、32歳にもなって、毎日がとても楽しいです。

最後になりましたが、皆様からの引き続きのご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

近況報告ー宮坂勇平先生(群馬大学)

はじめまして。今年より群馬大学放射線科に入局させて頂くことになりました、宮坂勇平と申します。4月から群馬大学医学部附属病院で勤務させて頂いております。簡単ではありますが、ご挨拶する機会を頂きましたので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。

出身は長野県上田市で、県立上田高校を卒業した後に群馬大学医学部に入学しました。在学中は医学部バドミントン部に所属し6年間現役部員として活動しました。また、その傍らで医学祭や、運動部会の活動にも携わり、忙しくも大変充実した学生生活を過ごせました。
初期研修は伊勢崎市民病院で内科、外科、救急をはじめてとして幅広く研修しました。common diseaseに多く触れ、大変勉強になった2年間でした。しかし群馬大学放射線科で2ヶ月間お世話になった以外は、ほとんど放射線治療に関わらずに研修を終えたため、入局に際しては不安な気持ちが大きかったです。今は少しでも早く、多くのことを勉強し、一人前の放射線科医になるべく努力をしております。

また、入局と同時に大学院に入学することになりました。リーディング大学院生という恵まれた環境の中で研究活動ができることにとても感謝しています。学生時代はMD-PhDコースに在籍しており、応用生理学教室で環境生理の分野の主にvitroの実験をしていた経験もありますので、少しでも活かせたらと思っています。

放射線科入局を決めたのは、臨床をしつつ、活発に研究活動をし、医学の進歩に貢献できる科に進みたいと思ったことがきっかけです。学生時代からその思いで放射線科を志望しておりました。初期臨床研修では数多くの科で研修し、興味深く勉強させて頂いた診療科もありましたが、最後までその思いは変わらず、この度入局させて頂くこととなりました。

最後になりましたが、今後長いお付き合いになるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

近況報告ー博士課程修了にあたりー 医科学専攻 馬洪玉先生

2010年、群馬大学は唯一重粒子治療装置を有する大学であるため、群馬に来ました。また、中野隆史先生のお陰で、腫瘍放射線学の研究生として、群馬大学に入学することができました。そこで、中野隆史先生をはじめ、高橋昭久先生から様々な心躍る話を聞き、リーディングプログラム重粒子線医工連携コース博士入学の意思が固まったことを今でも鮮明に覚えています。

中野先生からは、朝カンファレンス、国際重粒子線癌治療トレーニングコースの参加から泌尿器科前立腺癌の重粒子線治療計画作成まで、臨床を勉強させて頂きました。高橋先生からは細胞培養の方法から最新の実験手技、放射線生物学の基礎から論文作成、実験の立案から具体的な進め方まで指導して頂きました。重粒子線の治療効果をさらに高めるため、いまだ解明されていない真理を見つけたいという決意のもとに、「がん細胞におけるDNA修復および細胞周期調節阻害剤による炭素線増感効果の検討」というテーマで研究を進めてきました。リーディングプログラムのお陰で、使い勝手の良い実験器具も設備も充実する研究室のように恵まれた環境で研究できたことはとても有り難いものでした。実験はしんどいところもありましたが、結果が出た時、2編の論文が国際学術雑誌に掲載された時、学位を取った時のワクワク感は言葉で表現できないものでした。また、中野先生による学会(JASTRO)懇親会での芸、高橋先生による研究室の忘年会での料理長並みの手料理など様々な楽しい思い出もたくさんあり、忙しくも楽しい密度の濃い5年間でした。

その中で、国際重粒子線癌治療トレーニングコース、群馬、東京、京都、沖縄、奈良、高知での国内学会、ドイツ、中国上海での国際学会発表の機会も与えて頂き、光栄なことにリーディング国際シンポジウムの優秀発表賞と国際癌治療増感研究協会の国際研究奨励賞を受賞することができました。今後、リーディングプログラム重粒子線医工連携コースから学んだことを生かして、より一層放射線癌治療に関わる医療の発展に貢献していきたいと決意しました。ちなみに、日本人の礼儀正しさ、誠実さ、思いやり、心遣いなどは素晴らしく、一生忘れられないです。

末筆になりましたが、熱心かつ丁寧にご指導くださった中野先生・高橋先生、サポートしてくださった教室員の皆様に心から感謝申し上げます。

学会参加記 ー小此木範之先生(放射線医学総合研究所)

2015年11月19日から21日に、群馬県前橋市のベイシア文化ホール(旧・群馬県民会館)と前橋商工会議所会館で日本放射線腫瘍学会第28回学術大会(JASTRO 2015)が開催された。紅葉のすすむ晩秋の群馬・前橋での地方開催であったが、参加者は約2000人と、大変盛況な大会であった。本教室の中野隆史教授が大会長を務めた本大会では、「高精度放射線治療時代の包括的放射線腫瘍学:Comprehensive Radiation Oncology in High-Precision Radiotherapy Era」をメインテーマとし、放射線治療の物理工学的革新と生物学的革新の融合に焦点を当て、粒子線治療をはじめとした最新の放射線治療、オーダーメイド放射線治療をめざしたトランスレーショナル・リサーチの現状、免疫療法併用放射線治療の最前線など、放射線腫瘍学の「現在」と「未来」を意図する構成であった。

今回のJASTRO 2015には特別な想いがあった。群馬大学大学院腫瘍放射線学の教授である中野隆史先生が大会長を務められ、福島県立医科大学放射線腫瘍学講座の主任教授である鈴木義行先生が実行委員長であったからだ。中野先生は私たちのボスであり、鈴木先生は私の博士研究の指導教官である。つまり、今回のJASTRO2015は、教室を挙げての一大事業であったのはもちろんであるが、私が放射線腫瘍医として生きるきっかけを与え、育ててくれた恩師の晴舞台でもあった。主催側のいちスタッフとして大会運営に貢献できたのは微々たるものではあったのだが、何としてでもこの大会を成功させたいという想いは人一倍強かった。よって本稿は、学術大会の印象記としては、多分に感情が入ってしまうがどうかご容赦いただきたい。

大会初日、明け方まで降っていた雨もやみ、開会の時間が近づくにつれ、緊張が高まる。前橋という地方都市開催ということもあり、もしかしたら参加者が、例年に比べて大きく減ってしてしまうのではないか、と不安になる。今回のJASTRO 2015では、JASTRO史上初めて、英語での演題募集を行った。それにもかかわらず、550題を上回る一般演題の応募があり、主催側としては大変ありがたく感じていたものの、実際どの程度、学会に来ていただけるかは未知であった。しかし、その懸念は杞憂に終わった。初日の午前11時の段階で、すでに参加者は800人を超えた。多少の安堵の中、怒涛の3日間が始まった。

国際化の点から今回のJASTROを見ると、例年にないものであったと言えるだろう。先に述べた英語での演題募集に加え、大会を通じて海外からの演者によるセッションが目白押しであった。どの演者も世界の第一線で活躍している医師・研究者であり、米国放射線腫瘍学会(ASTRO)の第55回学術大会の大会長であるDr. Lawton、欧州放射線腫瘍学会(ESTRO)の次期大会長であるDr. Lievensらによる会長講演はもとより、マサチューセッツ総合病院の Dr. Zietman、Dr. Held、MDアンダーソン癌センターのDr. Komakiなど、錚々たる面々による基調講演が、国内の一学会で聴けたというのは記憶にない。ほか、日中韓シンポジウムも含めれば、実にHあrHa計30以上の海外からの演者による講演があり、圧巻であった。また、国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長から届いたDVDメッセージは、感動の一言であった。本教室の中野隆史先生は、IAEAの地域協力協定のアジア地域における保健分野の代表として、アジア地域における放射線治療の普及と発展に、20数年来尽力されてきた。中野先生が群馬大学腫瘍放射線学に着任されて以来、教室の基幹事業の一つとして続けてきたものである。天野事務局長からのメッセージI thank Gunma University, and in particular Professor Takashi Nakano, for hosting the 28th Annual Meeting of the Japanese Society of Radiation Oncology. Both the University and Professor Nakano are key partners for the IAEA in our human health projects in this region. I am grateful to them for their long-standing support for our work.」を聞き、馬大学腫瘍放射線学の一員として大変光栄であるのはもちろんであるが、中野隆史先生そして群馬大学の長年の国際貢献事業が、かくも大きく評価されていると実感した瞬間であり、私たちが社会のために行動を起こすこと、続けていくことの重要性を改めて実感した瞬間であった。大会1日目にして、不安、緊張、安堵、感激と、様々な感情が押し寄せた。

大会二日目。すでに参加者数は1700名を超えた。そしてこの日も魅力的なセッションが並んだ。「がん免疫放射線療法(Immuno-Radiotherapy)の夜明け」、「粒子線治療の新展開」など、現在の放射線治療の最前線を知るシンポジウムが開催された。とりわけ、鈴木義行先生が座長をつとめた、がん免疫放射線療法のセッションは大変興味深いものだった。ソニフィラン、クレスチンを始めとする非特異的免疫賦活剤や、サイトカイン療法など、がん免疫療法自体の歴史は非常に古いが、少なくとも私が研修医の頃は、JASTROでがん免疫療法をメインとするシンポジウムはなかった。しかし抗PD1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA4抗体などの、免疫チェックポイント阻害剤の有効性の報告が、がん治療の情勢を大きく変え、Science誌の2013年の“Breakthrough of the year”、つまりは医学界のみならず、科学全体の中で重要な進歩として、がん免疫療法が選出されるに至っている。今や手術療法、化学療法、放射線療法と並ぶ、第4のがん治療方法として、免疫療法はその地位を高めている。実際、本セッションには、公式プログラムで最も多い400名以上もの聴衆が集まり、その注目度の高さが伺えた。今回のシンポジウムで取り上げていたように、今後、がん免疫療法をいかにして放射線治療をはじめとする既存治療と併用していくか、その対象をどう見極めるか、ということが重要なテーマになっていくだろう。

大会三日目。この日も、「放射線療法の人材育成と適正人材配置」のシンポジウムや、「外来放射線治療を支える看護」の力と題したワークショップなど、興味深い内容のセッションが数多く開催されたが、中でも印象に残ったのは、「福島県における原発事故と放射線治療の現状」についてのセッションであった。東日本大震災以降、実際に現場で何が起きていたのかについての講演は臨場感に溢れており、また、福島県における小児甲状腺癌のサーベイランスについて講演も、大変興味深いものだった。30万人に迫るベースライン調査と、12万人を超える二巡目調査から、小児甲状腺癌の発生と被爆との関連を示すデータはないこと、そもそも50 mSvを超えて被爆した小児はいなかったこと、今後のフォローアップの重要性などが講演された。福島の震災が起きて早4年が過ぎたが、放射線を扱う学会として、福島で起きたこと、起きていることを、今後もJASTROで継続的に取り上げて行くことが、正しい理解を広げて行く上で、極めて重要であると感じた。

あらためて今、3日間の大会を振り返ると、本当に多くの人にこの学会が支えられていたのだと実感する。特に群馬大学腫瘍放射線学の同門会の先生や、学会運営の中心的な役割を担っていただいた群馬コングレスサポート、コングレの方々のご尽力なくして、この学会の成功は成し得なかったと思う。最後に、当教室の秘書含めた全スタッフが一丸となって取り組んだJASTRO 2015が、実際に参加して頂いた方々にとっても実り多きものであったなれば、この上ない幸せである。

近況報告−土田圭佑先生(国立がん研究センター中央病院)

平成27年度、入局させていただきました、土田圭祐と申します。この場をお借りして簡単に自己紹介とご挨拶をさせていただきます。

 私の出身は新潟県の長岡市という雪深い地域です。出身大学も新潟大学であり、生まれてから大学卒業まで、新潟県で過ごしておりました。昨年の初期研修から群馬の地に参りまして、1年中気候が良く大変住みやすい土地であると感じております。 (昨年の豪雪は想定外でしたが。)

 さて、生まれも育ちも新潟であり、大学卒業まで群馬には縁もゆかりもない私がなぜ群馬大学放射線科に入局させていただくことになったかと申しますと、やはり群馬大学放射線科の情熱や勢いに惹かれたからであると思います。特定の臓器に偏らず、全身のがんを診ることができること、がん治療における様々なシーンで活躍できること、医学分野に限らず、物理分野・生物分野と幅広い分野の専門家が力を合わせて、臨床・研究を行っていくということから、大学時代から放射線治療分野に強い興味持っておりました。進路を探していく中で、とある放射線治療の学生向けのセミナーにおいて群馬大学の先生とお話をし、見学させていただく機会を得たことで、群馬大学で一緒に働き、勉強させていただきたいと思うようになりました。

 初期研修は群馬大学で行いました。たすき掛けのプログラムで最初の1年間を公立藤岡総合病院で行い、内科・外科・救急など基本的な事項を研修させていただきました。2年目は群大病院で行い、進路も決めていたので選択期間の全て(11か月)を放射線科で研修させていただきました。現在大学にあります4つのチームのうち3つのチームを3~4か月毎にローテートさせていただき、様々な先生のご指導をいただきながら放射線治療の基礎を学んでまいりました。また、日本放射線腫瘍学会や群馬放射線腫瘍研究会での発表の機会や、英文の症例報告を書く機会を頂くなど、臨床面に限らず多大なご指導をいただきました。まだ右も左もわからずご迷惑をおかけしたかと思いますが、大学の先生方にはお忙しい中、熱心にご指導いただき大変感謝しております。

今年度からは、国立がんセンターの放射線治療科レジデントとして勤務させていただきます。家族の事情もあり、勤務地につきまして、ご配慮いただき大変感謝しております。今年、群馬大学で勉強させていただいた姿勢や考え方などを大切にしながら、優秀な諸先輩方に追いついていけるよう、更に一生懸命精進していきたいと思います。この度はこのような挨拶の機会を頂き、有難うございました。今後ともご指導、ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

近況報告ー岡﨑 祥平先生(群馬大学)

 今年4月より群馬大学腫瘍放射線学教室に入局させていただきます岡﨑祥平と申します。平成25年に群馬大学医学部医学科を卒業し、その後実家に近い足利赤十字病院で2年間初期臨床研修を致しました。群馬大学で放射線治療に携われることを今から非常に楽しみにしております。
 私が放射線腫瘍医を志したのは初期臨床研修を始めてからのことです。医学生の頃は志望診療科について不明確でしたが、この2年間で少しずつ臨床を経験するのと同時に自分のやりたいことが明確になって参りました。低浸襲で腫瘍を根治させることが出来る放射線治療に興味を持ち、臨床研修医1年次の夏に開催された医学生・研修医向けのセミナーに参加させていただいた際には、放射線治療計画作成の面白さや奥深さを心から実感致しました。その時「自分の目指すべき道はこれだ」と強く感銘を受けたのを今でも覚えております。その後も放射線腫瘍医の魅力を先輩方から伺い、放射線腫瘍医になろうという決意を強くして参りました。
 私が臨床研修を致しました足利赤十字病院では常勤の放射線治療医は1名であり、リニアックによる外部照射を主に行なっておりました。私が放射線科をローテートした際に私を指導してくださった先生は慶應義塾大学の経験豊かな先生でしたが、患者さん一人ひとりの状態を熟知した上で最も適したプランを考えていくことの重要性を繰り返し熱心に指導して下さいました。研修の都合で放射線治療科を研修できたのは2ヶ月間のみでしたが、毎回治療計画を作成する度に新たな発見があり、ますます放射線治療を魅力的に感じました。
 先述の通り放射線科の研修期間は短期であり、大学で臨床研修を行った同期入局の先生方と比べても、放射線腫瘍医としてまだまだ未熟で、知識も技能もこれから多くのことを学んで行かなければなりません。そんな私ですが、可能な限り研修で培った知識・技能を活かして仕事を行い、臨床にも研究にも常に情熱を持って、全力で取り組む姿勢は崩さないように過ごして行きたいと考えております。
 群馬大学放射線科は群馬大学の診療科の中でも特に雰囲気が良く、大きな目標に向かい情熱を持って仕事をしていることに医学生の頃から憧憬しておりました。4月よりその放射線科に入局し診療に当っていくことに嬉しさを感じるとともに、その良い伝統を引き継ぎ、多くの先生方・先輩方が築き上げてきた群馬大学放射線科の名に恥じぬよう気を引き締めて仕事をしたいと思っております。
 最初のうちは慣れない仕事も多く先生方には多々ご迷惑をお掛けすると存じますが、1日でも早く一人前になれるように努力して参りたいと思っておりますので、どうか御指導のほど宜しくお願い申し上げます。

近況報告ー岩永素太郎先生(群馬大学)

平成27年度に入局させていただくことになりました岩永素太郎と申します。私は、佐賀県出身で香川大学医学部を卒業し、平成25年4月より群馬大学医学部附属病院で初期研修を行いました。実はもともと進路として強く考えてはいなかったのですが、医学科6年時の臨床実習で放射線治療という分野があることを知り、興味をもちました。出身地や母校での研修も考えましたが、重粒子線治療という他にはない分野を学べること、そして熱心に教えてくださる先生方が数多くいらっしゃるという点を考え群馬大学医学部附属病院で研修することに決めました。
研修は群馬大学で2年間でしたが、そのうち11か月は放射線科を選択させていただきました。11か月間の研修では、各先生方にご指導していただきました。臨床業務では、X線の治療計画を中心に各臓器担当の先生方には本当に丁寧に教えていただきました。他大出身ということも全く関係なく親身になってご指導していただきました。また、研修医1年目には齋藤先生指導の下、Ⅲ期肺癌の重粒子線治療計画に携わりました。その時の経験をもとに群馬放射線腫瘍研究会で発表する機会を与えていただきました。また昨年はJASTRO、癌治療学会、癌学会、そしてASTROと様々な学会へ参加をさせていただきました。なかでもASTROへの参加は中野先生を始めとする諸先生方と同期研修医3人で行った海外学会として特に強く印象に残っています。次回は自分の発表をもって参加したいと思います。
私は平成27年4月から関東脳神経外科病院で勤務することになります。関東脳神経外科病院では年間300例を超える症例に対しサイバーナイフを行っています。サイバーナイフはご存じのように全国でも設置している病院があまり多くなく、一部の放射線治療医が扱っている特殊な分野と言えます。まだ放射線治療を学び始めたばかりの私には荷が重く不安が残る面もありますが、外勤で来ていただいている先生方にご指導を仰ぎながらこの機会を活かすことができるように頑張りたいと思っております。
また、4月からは大学院への進学いたしました。河村先生に指導教官となっていただき、準備を進めています。現在は放射線生物学の基本手技ともいえるコロニーアッセイを習得すべく実験を行っております。同時に河村先生率いる泌尿器科チームで抄読会を行い、現在のトピックや最近の知見などについて学ぶように努めています。大学院のテーマについては現在検討中ですが、先生方にご指導を仰ぎながら着実に進めていこうとしています。
今回入局させていただくにあたり、前述のように私のこれからの意気込みにつきまして述べさせていただきましたが、何分未熟者ですので是非先生方のご指導を承り、成長していきたいと考えております。ご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。