海外留学記ー河村英将先生(マサチューセッツ総合病院)

ボストンを初めて訪れたのは中学生の時で、その時の記憶は港で階段に座ってクラムチャウダーを食べた事くらい。次が医学部5年生の時。放射線科の臨床実 習の際、中野教授に「世界一の病院を見てこい」とマサチューセッツ総合病院(MGH)を紹介していただいたのだった。当時は正直なところ放射線治療に特に 興味は無く、あまりまじめな学生でもなかった私にとって、MGHでの実習は驚きに満ちていて、勉強不足を痛感させられた貴重な体験だった。そして放射線腫 瘍医を志して10年後の今、こうしてMGHに留学できていることは実に感慨深い。病院のすぐ近くにあったハンバーガーショップはなくなっていてかなり時間 が過ぎたことを感じるが、その一方、実習のときにご指導いただいた先生方が現在でも活躍しているのは何かうれしい。また、実習当時はレジデントとして働い ていた先生が、研究室の隣のグループの主任研究員として活躍していたりするのをみると、自分の成長していなさを感じさせられる。
もうボストンでの生活も半年になる。研究においても、生活においても日本での準備の段階から前任の先輩方をはじめとするたくさんの人々に助けていただい たおかげで、比較的順調に始められたと思う。部屋が間接照明のみで薄暗いこと。コーヒー1杯の支払いもカードで良いこと。台所や風呂に換気扇が無いこと。 クリーンベンチにガスバーナーが無いこと。ビールの種類がたくさんあること。華氏の天気予報やポンド表示の量り売り。手術着で犬の散歩をしていること。7 回には”Take Me Out to the Ball Game”を歌うこと。生牡蠣を一年中食べること。多少の雨では傘をささないこと。最初のうちはそんな細々した違いに驚いたり、悩まされたりしながらも今 ではだいぶ慣れてきた。
正直なところ、アメリカという国を以前はあまり好きではなかった。旅行先として面白みに欠ける気がしていたし、ご飯もつまらないし、正義を振りかざす感 じも何となく嫌いだった(偏見)。ただ、実際に過ごしてみると、ボストンはとても良いところだ。市内のそこかしこや周辺の小さな町は古い町並みが保存され ていて、雰囲気がよく、美しい。ハンバーガーなどは思ったよりずっとおいしく、日本の食材も(魚以外は)簡単に手に入る。平均年齢が20代という学生の町 だけあって服装もラフで気を使わずにすみ、治安も良く夜の一人歩きもあまり心配いらない。そして、人がとても親切だ。私のつたない英語を辛抱強く理解しよ うとしてくれ、助けてくれる。日本人は親切といわれるが、こんなに親切だったろうかと考えさせられてしまうほどだ。旅行で通りすぎるだけでは気付かずに、 住んでみないとわからないことがたくさんあることを再認識させられる。
インターネットで世界が繋がっている今、本当にここでしかできない事というのは実は多くないのかもしれない。その一方で、独りボストンにいても世界中の 多くの人と繋がっていることを実感でき、皆に励まされながらなんとかやって来られている。それを力にして、ここでしかできない何かができるように、この貴 重な時間を過ごして行ければと思う。

このような機会を与えてくださり、また、大地震の直後の混乱で通常の臨床業務もままならない中、快く送りだしてくれた中野教授をはじめとする医会の皆様に深く感謝しています。

めっきり寒くなってきたボストンにて

田巻倫明先生(IAEA活動報告)

今年の10月から群馬大学に戻りました田巻倫明です。
昨年の9月から約1年間、国際原子力機関(IAEA)のDivision of Human Health、Applied Radiation Biology and Radiotherapy Section(略:ARBR)にコンサルタントとして赴任しておりましたので、その報告を致します。今回の赴任は、これまで中野教授がプロジェクトリー ダーを務めているIAEAのアジア地域放射線治療プロジェクトの活動がきっかけで、前述の部署のOfficerの方に「短期赴任してみないか」というお話 を頂いて始まりました。
IAEAは、原子力の平和利用を目的に活動をしている国連機関です。イランや北朝鮮の核兵器開発の監視などでニュースに登場することが多いですが、今年は福島の原発事故の対応ですでに馴染みの深い名前になっていることと思います。
このような活動の他にも、加盟国内で原子力・放射線関連の平和的な利用を促進する活動をしています。がん放射線治療の普及もその1つで、天野IAEA事 務局長が就任1年目の重要課題として取り組んでいた分野です。ARBRが担当するプロジェクトは、放射線治療がまだ未熟であったり存在しない加盟国でがん の放射線治療を普及させるプロジェクトです。
当たり前の話ですが、放射線治療を行うには、放射線の安全に関する法規制と監督機関、放射線医療を含む医療全体を管理する法律とそれを監督する行政機 関、放射線治療施設、機器や線源を供給・メンテナンスする治療機器企業、実際に治療を担当する治療医、医学物理士、技師、看護師が必要です。これらの準備 をするとともに、一旦立ち上げた後は、安全な放射線治療を継続的に運営していく必要があります。これにARBRが技術的なサポートをしていきます。
群馬大学が目指している最先端の放射線治療とは、対極にあるようなものですが、実はこれがとても勉強になりました。すでに確立された放射線治療部門で仕 事をしていると、既存のシステムや「御作法」に沿って仕事をするということが第一になってしまい、本当に重要な基本というものが時に分かりにくくなること があると思います。しかし、全くゼロから放射線治療を始める国に何が必要なのかというアドバイスを送るには、基本中の基本から始めなければいけません。 IAEAは、もちろん世界で標準となっているものを広めていきます。よって、途上国ではゼロから始めたとしても、プロジェクトが成功すれば標準的な方法で 放射線治療を行います。日本の放射線治療があまりに進みすぎていたり、また独自の方法をとっていたり、独自の問題を抱えていたり、理由はどうであれ、本当 に世界で標準的とされているMaterials and Methodsに沿えているのか?もし沿っていないのなら、それに対するしっかりとした答えがあるのか?ということが重要だと思いました。1つの例は、日 本の医学物理士の不足の問題です。日本の治療機の数は世界的にも突出していながら、臨床医学物理士の数は皆さんもお分かりの通りほぼ皆無です。IAEAの 安全基準では、医学物理士なしで放射線治療を施行してはいけないことになっています。これは、すでに学問的なMaterials and Methodsの域を超えて「基本的安全基準」に沿っているのかというレベルです。我々が答えられなければいけない質問であると思います。
このように書くと日本の批判ばかりをしているように聞こえてしまうかも知れませんが、これらは日本の放射線治療をより良いものにするために我々がクリア しなければいけない課題であると私は思っています。今、我々の教室は特に若い医局員が増えていることや、異動が常にあることなども踏まえると、全体的なシ ステムとして、安全に正しい放射線治療が提供できるような運営システムや教育システムを作っていく必要があると思います。
ただ、外国に対しては我々は自虐的なことは言ってはならないと思います。実際に日本人の個々の能力や責任感は外国人のそれと比べ物にならないほど優れて いることが多いので、日本人や組織の良い面を外に十分アピールしつつ、それに驕ることなく自分たちのシステムを改善していく努力を継続することが重要だと 思います。
IAEAでの活動報告からは少しそれてしまったかも知れませんが、お許し下さい。
質問には個別にお答えしますので、何かありましたらご連絡下さい。
それと、IAEAのDivision of Human Health は新しいホームページがあるので参考にして下さい。IAEAの出版物は、誰でも全て無料でダウンロードできます。http://humanhealth.iaea.orgです。

若月優先生(マサチューセッツ総合病院)

ご無沙汰しております。現在アメリカ合衆国ボストンのマサチューセッツ総合病院に留学中の若月です。今回は実際の研究の環境や参加しているカンファレンス等に関して、報告したいと思います。
まず研究に関してですが、自分は現在chondrosarcoma細胞並びにchordoma細胞を用いて、これらの細胞のbystander effectに関する研究を行っており、サンディエゴで行われるアメリカ放射線腫瘍学会(ASTRO)で“The lack of a bystander response induced by photon irradiation in chondrosarcoma cells”の題名にて報告する予定です。実験は主に研究室に備え付けられているX線照射装置で行っているのですが、年に数回(前回、年2回と書いたので すが、特に回数は決まっていないようです。今年は4月、6月、10月、11月の4回)ニューヨーク州東部のロングアイランドにあるBrookhaven National Laboratory内のNASA space radiation laboratoryでも実験を行っております。Brookhaven National Laboratoryはアメリカでも最大規模の実験施設の一つで、世界有数の加速性能を持つRelativistic Heavy Ion Collider(RHIC)と呼ばれるシンクロトロンがあり、重イオンの照射実験を行うことができます。実際に自分たちのグループはProton, Carbon, Iron, Titaniumなどのイオンを用いて照射実験を行っております。これは、自分達の研究室では宇宙放射線に関する研究を行っており、(宇宙放射線の大部分 は陽子を中心とする荷電粒子線)、これらの荷電粒子の影響をBystander effectの面から調べる研究を行っています。
またこの7月からは、研究のみでなく臨床の勉強も行うために、MGH放射線科の毎朝のカンファレンスにも参加させていただいております。この毎朝のカン ファレンスは主にレジデントの教育を目的としたカンファレンスで朝8時からさまざまなテーマで1時間程度行われています。6月から8月は、Summer seminarといった形で、臓器ごとに担当の医師がレジデント向けの教育的な講義を日替わりで行っていました。レジデント向けといっても内容のレベルは かなり高く、実際にASTROなどで教育講演を行っている先生の講義も複数含まれており、各疾患における放射線治療の変遷・現状から最新のトピック、進行 中の臨床試験の紹介などを勉強でき、非常に知識の再確認とともに新たな学習の場となりました。日本の現状とアメリカでも有数の病院であるMGHとを比較し て、大きく差があると感じたことは、やはり進行中の臨床試験の多さです。肺癌・食道癌といったメジャーなものから、骨軟部腫瘍のようなマイナーな疾患ま で、非常に多くの臨床試験がRTOGなど複数のグループによって計画され、実際に進行しています。またIMRTに関しても非常に驚かされました。MGHで はIMRTが非常に多くの疾患に施行しているようです。頭頚部腫瘍や脳腫瘍・前立腺癌など日本でも施行されている疾患はもちろんですが、骨軟部腫瘍や肛門 管癌など日本ではほぼ行われていないような疾患まで非常に多岐にわたる疾患で、臨床試験だけでなく実地臨床としてもIMRTが施行されているようです。局 所進行肺癌などでは90%以上の症例でIMRTを施行しているとの話も耳にしました。また9月からはレジデント主導によるレジデント向けのレクチャーや放 射線生物学の講義、他科とのカンファレンスなども行われております。
今年の日本は大変な猛暑だったと聞きました。ボストンも今年は例年以上に気温が高く、また湿度も予想以上に高かったこともあり、日本の夏に近いような季 節を過ごしました。しかし10月に入って気温が急激に下がり、すっかり秋を通り越して冬が近づいてきたことを感じられるようになってきました。ちょうど留 学して1年が過ぎ、文化や習慣の違いや、考え方・倫理感の違いなど日本との多くの相違点を感じながらも、同時にアメリカに来て日本の良い面や優っている面 も多く感じられております。残りの留学期間も実験・臨床・文化の面でさらに多くの経験をしていきたいと思います。最後になりましたがこのような貴重な経験 をする機会を与えていただきました、中野教授をはじめ放射線科医会の皆様に心から感謝しております。帰国しましたら、この経験を後輩の皆さんに還元できれ ばと考えております。

白井克幸先生(オハイオ州立大学)

オハイオ州立大学(Ohio State University: OSU)、放射線科に研究留学させていただいております白井です。2009年6月からの留学で、はや1年が経とうとしています。今回は2回目の研究留学記として、これまでの活動を報告させていただきます。

まず研究に関してですが、前任者の野田先生のプロジェクトと自分の研究とを同時進行で行っております。昨年は細胞がなかなか育たなかったり、実験系がス ムーズに確立できなかったりと、思うように実験が進まないことも多かったのですが、今年に入ってからは比較的安定して結果が出せるようになりました。私の 研究内容はHIF-1α(低酸素誘導因子)による放射線抵抗性メカニズムで、おもにin vitroの研究を行っています。自分で関連する論文を調べながら実験を立ち上げ、ここまでやってきましたが、おかげさまで今年の米国放射線腫瘍学会 (ASTRO)に演題が採択されました。しかしながら、メカニズムなどの詳細を明らかにする研究はできておらず、まだまだ追加実験も必要です。残り一年で すが、何とかこれらの研究をやり遂げ、論文を投稿するところまでもって行けるよう全力を尽くしたいと思います。

また、帰宅後から就寝までの時間は、日本でのやり残したデータを論文にするようにしています。これまで「学会で報告したデータは論文にしなければ」と思っ てはいたものの、実際に論文を書くことはやはり難しく、データを寝かせてしまっていました。しかも、何年か前に発表したままというデータもあり、どうして も思い出しながらの執筆になってしまうので、二度手間が多くなってしまいます。「なぜ、もっと早く論文がかけなかったのだろうか」と自分のふがいなさを感 じながら、反省しながらの論文執筆です。ただ、そのかいあって、群馬がんセンターの臨床データ(食道癌のDVH解析)がRed Journalにacceptされました。論文をご指導していただいた玉木先生、中野教授には、本当に感謝しております。

また、今年6月にシカゴで行われた米国臨床腫瘍学会(ASCO)に参加させていただきました。臨床医としては、いつか参加したいと以前から思っていたの で、今回参加できたことは大変有意義でした。世界一の腫瘍学会だけあり、参加者数の多さ(今年は3万人のようです)、会場の広大さ(McCormick Place: アメリカ最大の総合コンベンションセンター)でまさに圧倒されました。また発表に関してもEvidenceの宝庫といった感じで、特に口演発表に関しては そのまま“Journal of Clinical Oncology”や“New England Journal of Medicine”に投稿されうると思われるレベルの高さでした。いつかは自分でも演題を出して参加したいものですが、さすがに単施設の retrospective studyはとても採択されない印象です。しかしながら、今年からは現在進行中の臨床試験に関するポスターセッションとして”Trials in progress Poster Session”が導入されました。このセッションは臨床試験の背景となるサイエンスに焦点を当てているため、アウトカムのデータは必要ありません。とい うのも、このセッションは臨床試験実施研究者間の議論を促進し、新たな研究者や施設の参加を症例することが目的だからだそうです。日本からも国立がんセン ターの先生方が、JCOGの放射線治療関連のstudyをいくつか発表されていました。群馬大学からもこの機会を利用して(重粒子線治療のstudyな ど)、ASCOで発表されてもおもしろいのではないかなと、感じました。ご参考になれば幸いです。

またその他の活動としては6月にフィラデルフィアで行われたRTOG semi-annual meetingに参加し、Brain TRP (Translational Research Program) committeeで約20分間にわたり口演発表する機会をいただきました。現在わが研究室では、RTOGの脳腫瘍trialで登録されている組織検体を 用いTranslational Researchを行う予定なのですが、組織を使わせてもらう際には、事前に研究計画を発表し承認してもらう必要があります。現在お世話になっている Chakravarti教授はRTOG の脳腫瘍生物研究部門の責任者なので、OSUではRTOGを用いた研究をしやすい環境にあるといえます。英語での口頭発表はまだまだ私には難しいですが、 大変良い経験となりました。また今回のRTOG meetingには群馬大学から中野教授・鈴木先生、群馬がんセンターからは岡本先生が参加されました。また忙しい日程の中で、OSUにも寄って研究室の 様子や研究状況を見ていただき、本当にありがとうございました。また中野教授はOSUでGround Roundを行い、“Current Status of Carbon ION Radiation Therapy in Japan”の講演をされました。OSUのスタッフも群馬大学の重粒子線治療に大変興味を持ったようで、講演後も活発な議論が行われました。OSUでは著 名な研究者を呼びGround Roundを行っているのですが、私が知る限り日本人の先生が発表するのは中野教授が初めてだったと思います。私としても大変鼻が高い思いです。

群馬大学では重粒子線治療開始・国際学会(PTCOG)開催と非常に忙しい時期にもかかわらず、このように留学させていただき本当に感謝しております。研 究に集中できる環境で、科学と正面から向き合える時期は、必ずや自分の将来にプラスになると確信しています。残りの留学期間も無駄にならないように、日々 精進したいと思っております。皆さんとまた、日本で働けることを心から楽しみにしております。