海外留学記ー吉田大作先生(マサチューセッツ総合病院)

皆様こんにちは。H15(2003)年卒の吉田です。2016年4月から米国ボストンのMassachusetts General Hospital(MGH)に留学しております。留学に当たり、中野教授をはじめとした医会の皆様には多大な御支援頂いております。この場をお借りして、心より感謝申しあげます。

こちらに来て1か月ちょっとほどしか経っておらず、“グローバルリーディング”な皆様にお話しできるような大層な話はまだないです。にも関わらず執筆依頼が来たのは、報告書としての原稿依頼なのでしょう。たぶん。

さてこの1か月ですが、アメリカでの新生活がようやく落ち着いてきた所です。入国して日常生活のセットアップを始めました。住居は日本にいるうちに現地の方にお願いし、3月より確保しました。場所はブルックライン市というボストン市の西側に位置する所です。一般に“ボストン”と呼ばれるGreat Bostonに含まれる地域で、我が家はその中でも東側にあり、ほとんどボストン市といったところです。歩いて10分弱のところにMLBのRed Soxの本拠地、フェンウェイ・パークがあります。またHarvard Medical SchoolやBeth Israelなどが集中するLongwood medical areaにも近い、アカデミックな地域でもあります。このため医学研究者を中心とした日本人が多数居住しており、小学校には英語が十分に出来ない生徒をサポートするスタッフが常駐しています。手厚い対応が期待でき、安心して子供を学校に行かせることができます。

さてそれでは本題の、留学についてです。私が現在所属しているCellular & Molecular Radiation Oncology Laboratoryは、以前若月優先生や河村英将先生、神沼拓也先生が留学された研究室です。研究室は更に3つのグループからなり、私のグループのPrincipal Investigator (PI)はKathryn D Held准教授という女性の先生です。PIとは聞き慣れない言葉かと思います。こちらでは、assistant professor以上は、自分で研究費(grant)を申請ができ、独立したポジションです。研究室、教室を運営し、技官やポストドクを雇う権限が与えられ、自分のアイディアで研究を進めていくという意味で主任研究者、PIと呼ばれています。つまり研究面において、Full Professor(教授)、Associate Professor(准教授、講師)とassistant professorは対等です。因みに、assistant professor以上の教授職をファカルティと呼びます。アメリカの研究室では、ボスであるPIの下に直接ポスドクや大学院生が付くことになります。ですので、私がLoeffler教授と直接関わることはありません。Held先生の研究テーマは、in vitroでの放射線によるバイスタンダー効果です。培養細胞を使い、放射線を照射し、それに対する細胞の反応を見る、という研究です。実際の実験手技としては、ある程度限られたものだけを使っています。しかしながら、なにぶん大学院を出てからこの数年全く基礎実験に触れず、ブランクが大きいため、それらのテクニックを習得、確認している所です。今後は神沼先生の実験を引き続いてやっていく予定です。どこまでやれるか分かりませんが、できるだけのものを手に入れて、皆さんに還元できるようにしたいと思っております。

ところで執筆に当たり、過去メルマガに掲載された海外留学記を見られる範囲で目を通してみました(放射線科ホームページで見られます)。しかしあれですね。みんな真面目ですね。まあふざける要素が無いといえば無いので当然ですが。ただ読んで行くと、各々皆さん個性を感じますね。本人知っているのもありますけど。白井先生は“真面目”って感じでいろんな方面に気を使いながら書いている感じが伝わります。若月先生は流石に教授になられる方だけあって、立派な留学されていたことが伝わります。他意はないです、別に。河村先生は不思議青年らしく、なんだか叙情的な文章を書きますね。アンニュイな気分にさせられます。田巻先生は、放射線治療に対する熱さを感じますね。仕事の内容の素晴らしさに、こちらも誇らしくなります。本人の“天然っぷり”が滲み出ていないのが残念な限りです。岡本先生はそつがないですよね。読みやすいし、頭の良さを感じます。吉本先生は研究歴も長く内容の充実も流石ですが、何より3回も書いているんですね、留学記。メルマガ担当者が頼みやすかったのでしょう。人柄が感じられます。そして尾池先生。素晴らしい。一生付いて行こうと決めました。JASTRO Newsletterも楽しみです。そして加藤先生。アウトバーンについての詳細なレポート。もはや異次元です。結局ドイツで何をしていたのでしょうか?謎のままです。

それではまた。

海外留学記ー吉本由哉先生(群馬大学)

皆様、こんにちは。平成20年卒業の吉本由哉です。2013年8月から2015年6月末まで、スウェーデン・カロリンスカ研究所に留学しておりましたが、帰国し、7月より群馬大学医学部附属病院で働いています。今回は臨床業務に復帰しての感想と、帰国直前のスウェーデンでの生活について書きたいと思います。

現在私は群大病院放射線科で、野田真永先生率いる脳・食道・婦人科グループで診療にあたっています。当グループは治療件数、入院診療共に多い非常にアクティブなグループで、また、組織内照射など侵襲的な手技も日常的に行うのが特長です。レジデント時代からお世話になっている先輩の村田和俊先生、同期入局の小此木範之先生にもサポートしてもらいながら(おんぶに抱っこ?)、2年のブランクを埋めようとなんとか頑張っています。久しぶりに臨床業務を行うにあたって、重要に感じているのは基本知識(学問的なこと)です。手技的・ノウハウ的なこと(Xioなどの治療計画プログラムの使い方、病棟でのオーダーの入れ方、腔内照射アプリケーターの組み立て方、など)はすぐに思い出すし出来ますが、解剖や、画像診断、治療に用いる放射線生物学は、以前知っていた以上は出来ませんので、日々基本書に立ち返って確認・勉強しています(今は、臨床のための解剖学・ムーア著、が気に入っています)。

私が学んできた腫瘍免疫との関連でいうと、食道がんでは樹状細胞注射と併用した免疫放射線治療の計画が既にあること、婦人科腫瘍では、腫瘍浸潤リンパ球の元となる生検材料に普段からアクセスしていること、IV期を含んだ幅広いステージの症例の診療を行っていることなど、免疫放射線療法を立ち上げて進行癌の治療研究を進めたいと思っている私にとって、とても面白い環境です。カロリンスカ研究所での師匠、Rolf Kiessling先生はメラノーマを専門とする腫瘍内科医でもあり、研究室ではメラノーマに関わる様々な研究を行っていました。私も研鑽を積んで早く一人前になり、臨床での得意分野をつくることで、基礎研究も推し進めて行きたいと思います。

スウェーデン・カロリンスカ研究所での後半1年間は、主にアメリカ・ボストンのベンチャー企業との共同研究を行っていました。ベンチャー企業が開発した新しい薬剤を用いて、リンパ球の抗腫瘍活性を増強させるのですが、詳細は特許などの関係でまだ論文化を待っている状況ですので、お伝えすることは出来ないのが残念です。このプロジェクトでは彼らとのやりとりを通じて、基礎研究における実務的なことをたくさん学ぶことができました。具体的には、彼らと、私たちKiessling研究室の、どちらが論文発表を行うのか、どれくらいの期間、独占的に彼らの新規化合物を用いることが出来るのか、そのための契約書、こちら側の研究計画書、などなどを煮詰めて行きます。その後は、FedExで化合物を配送してもらい、税関に引っかかるとそれを通すために電話をかけて、受け取った化合物で実験をして、結果をまとめるとSkypeでMeetingをする、といった具合で進んで行きます。こちらの研究室でも、個々人で得意分野があるので(リンパ球を分離する、増やす、殺細胞能の評価、動物実験、qPCRやFACSなどなど)、何人もの仲間に彼らのテクニックを教えてもらいながら進めて行きます。これらはもちろん英語で進められるので、英語に苦手意識を持っているような私にとっては大変な状況です。留学1年の時点ではまだまだ悲惨な会話力ですので、Discussionの前日には練習と想定問答をつくり、それでもやはり足りずに、最後はメールを送ってフォローするときも(我々日本人は、読解は出来るので)ありました。帰国少し前の2015年3月には共同研究者がストックホルムを訪問し、そのときは私がホストを務めて、研究室や周辺の案内や、会食のセッティングを行いました。英会話力の点でも戦々恐々だったのですが、逆に周到に準備したのが功を奏して、大変に喜んでもらえて、このことが私にとってもとても嬉しかったです。

留学1年半くらいとなると、同僚や、寮のご近所さんと飲みに行ったりするのが自然と出来るようになり、また面白くもなってきました。語学力もそうですが、相手国の文化やキャラクターをある程度解るようになるのも重要な点だと感じました。会話は、休日どうしているといった他愛ない話に始まり、互いに好きな映画の話をしたり、航空機やヨット、海流などマニアックな話や、あるいは噂話や、若い学生の恋愛話を聞くことなどもありました。このころになると、もっと長い期間スウェーデンに止まって、彼らともっと過ごしたい!とも思うようにもなりました。

2015年6月末に帰国することとなったのですが、スウェーデンでは、自分の誕生日も、歓迎会もお別れ会も、自分で企画しなければなりません。日本人の私たちの感覚からすると少々奇異ですが、郷に入っては郷に従うのも日本人。私も自分のフェアウェルパーティーを主催してきました。20名近くを自宅に招いてのパーティーなど、日本でも行ったことがありませんし、ヨーロッパではベジタリアンが一定人数いたりと、用意する食事も気をつけなければいけません。幸いにも、日本食は欧米でも人気で、天婦羅、寿司、納豆、日本酒などを含めた料理の宴会にして、好評を博することができました。

海外留学の機会を頂いて、中野隆史教授をはじめ、医会の皆さまには本当に感謝をしております。有難うございました。私にできる最大のご恩返しは、今回構築した人脈を、長く続け、さらに発展させることであると思っています。幸い、Rolf Kiessling先生や、准教授のAndreas Lundqvist先生には「君の仲間や学生は、いつでもwelcomeだ、カロリンスカに来てくれるなら歓迎するよ」と言って頂くことができましたし、現在も共同研究を続けています。近い将来に、今度は群馬大学発のプロジェクトを彼らのところに持ち込んだり、カロリンスカ研究所と群馬大学で若手の人事交流などをして、共同研究をますます発展させてゆくのが私の抱負です。

引き続き頑張って参りたいと存じます。どうも有難うございました。

yoshimoto1

研究者寮(自宅)でひらいた、自分自身のお別れパーティー。こうして見ると、皆の背が高いのに驚く。宴もたけなわで半分くらいに人が減ったところ(23時頃)だが、外はまだ明るいです。

 

yoshimoto2

 

研究者寮Wenner-Gren Centerの中庭と中心ビル(このビルではなく、これを取り囲む建物に住んでいます)。寮の入居は2年待ち。空の色も北欧では日本とやや違うようです。

海外留学記ー神沼拓也先生(マサチューセッツ総合病院)

メールマガジンをご覧の皆様、大変ご無沙汰をしております。神沼拓也です。早いもので大学を卒業して丸10年、大学院を卒業して丸4年が経過しました。この度、中野隆史教授及び放射線科医会より米国マサチューセッツ総合病院(MGH)/ハーバード大学医学部(HMS)へ生物研究留学をする機会をいただき、本年1月より留学しております。本日はその近況について報告させていただきたいと思います。

私が現在所属しているCellular & Molecular Radiation Oncology Laboratoryという研究室は、以前若月優先生(放射線医学総合研究所)や河村英将先生(群馬大学)が留学なさっていた研究室です。研究室は更に3つのグループからなり、私のグループのPrincipal Investigator (PI)はKathryn D Held准教授という女性の先生です。また、群馬大学が新設した群馬大学未来先端研究機構の統合腫瘍学研究部門内に、Harvard大学/MGH LabとしてHeld Labが開設されています。そういった点からも我々群馬大学と深い関わりのある研究室で研究をしています。

当研究室は主にin vitroで細胞死、DNA損傷及び修復、Bystander効果などの研究を行っております。私も若月先生や河村先生の研究と同様、とある軟骨肉腫細胞株のBystander効果に関する研究を行っております。大学院卒業後も、大学院時代の指導教官であった鈴木義行先生(福島県立医科大学)にご指導いただいて僅かながらですが生物研究に携わっており、また事前に日本で河村先生から実験についてレクチャーもしていただいたので、自分としては「ある程度しっかりやれる」という思いはあったのですが、いざ実際に留学してみると、色々と戸惑うことも多く、半年が経過してやっと様々なこと(Labのしきたりとか実験手技とか物品発注の仕方とか…etc.)に慣れてきたというのが実際のところです。もう残り半年しかありませんので、多少焦りを感じながら研究をしています。

また、せっかくアメリカに留学しているので、こちらの学会にいくつか参加する予定です。現時点で参加予定なのはRadiation Research Society(RRS;米国放射線影響学会)、American Society for Radiation Oncology(ASTRO;米国放射線腫瘍学会)、Radiological Society of North America(RSNA;北米放射線学会)の3学会です。ASTROには以前も参加したことがありますが、他の2学会は初めてですし、英語力も若干は上がっていると思うので、1つでも多くのものを得られるように…と思っております。

留学前、中野教授が「研究も大事だが、わざわざ渡米するのだから、しっかりアメリカの文化や人の考え方もしっかり見てこい」と仰って下さいましたので、研究以外の部分も疎かにせず、一生懸命自分なりに楽しんでおります。特に妻は ― 妻は大学の同級生で、画像診断医なのですが ― 自分のキャリアを中断して私についてきてくれましたので、2歳になる息子も含めて、日本にいる時はなかなか出来ない家族サービスもしっかり行っております。PIのHeld先生もご自身の留学経験や子育ての経験から、そういったことにはかなり理解のある先生で、週に1回のLab Meetingで実験の進み具合などはチェックなさっていますが、自分で時間はflexibleに使って構わないと仰ってくださいます。

まだまだ色々書きたいこともあるのですが、長くなりすぎますのでここらへんにしておきます。また機会がもしあれば、もしなくても群馬放射線腫瘍研究会で、報告させていただきたいと思います。

最後になりましたが、今回私の力だけでは留学などは到底出来ませんでした。群馬大学放射線科という組織が長年培ってきた大きな力を図らずも実感しました。この伝統を築いてくださった全ての先輩先生方に感謝致します。また、日本放射線腫瘍学会を群馬大学で開催するという大事な時期に留学をする機会を下さった中野隆史教授や放射線科医会の皆様方、留学しても困らないようにと大学院を卒業してもなおご指導下さった鈴木義行先生、留学するにあたり相談に乗ってくださった前医会長の白井克幸先生、実験に関することで相談に乗ってくださる河村英将先生、若月優先生、遠くアメリカにいても細々と世話を焼いてくださる群馬大学放射線科秘書の皆様、その他全ての群馬大学放射線科関係者の方々に感謝致します。誠にありがとうございました。

海外留学記ー吉本由哉先生(カロリンスカ研究所)

皆様、こんにちは。平成20年卒業の吉本由哉です。海外留学の機会を頂いて、一昨年の8月よりスウェーデン・ストックホルムにあるカロリンスカ研究所に博士研究員として在籍しています。早いものでスウェーデンへ来てから1年と5ヶ月が過ぎました。前回2014年4月にも近況についてご報告させて頂きましたが、今回はその後の研究の進展や、日常生活のことについて書きたいと思います。

私の所属しているRolf Kiessling研究室は、活気のあるグループです。准教授が1名、ポスドク(博士学位取得後の若手有期研究者)が4名、PhD学生が4名、Master course学生が5名程度います。人の入れ替わりも活発で、私のいる間だけでも、ポスドクは1名が産休に入り、その後復帰、新たに1名のポスドクも加わっています。PhD学生は2名が卒業、もう2名が今夏卒業予定で、1名が新たに加わりました。Masterの学生は、Exchange programでヨーロッパ中から応募してくるため、さらに流動的で、6名が既に卒業しています。このようなメンバーと、ゆるい同盟関係を築きながら、複数のプロジェクトに参加・進めてゆくのがスタイルです。“ゆるい同盟”というのは、実験方法を教え合ったりすることに始まり、培養している細胞を融通したり、測定機器のタイムをシェアしたり、同じゲルでサンプルを流したり、IL-2を貸したり、抗体をもらったりといった、生物系実験室でよくあるようなことです。私たちは腫瘍免疫の研究室で、T細胞やNK細胞を扱うのが特徴です。これらの細胞は正常ヒトリンパ球から培養可能で、カロリンスカ大学病院から健常者血液を買うことも出来るのですが、私たち自身からも培養可能です。そこで急ぎの実験などでは、私が採血を頼まれることになり(苦笑)、もうずいぶん皆から採血したものです。ご存知のように、若者では血管迷走神経反射が出やすいので、採血する方もかなりの気を遣ってやっているのですが。用意した血液は、密度勾配法で単核球を分離した後、磁気ビーズでNK細胞を分離し、IL-2と照射後feeder細胞と共に約10日間培養します。出来上がった活性化NK細胞は、また皆で融通し合いながら、遺伝子導入や細胞障害試験などを進めてゆきます。このような研究の一つで私も携わっているプロジェクトが昨年9月、Clinical Cancer Research誌にアクセプトされました。未分化甲状腺のNK細胞感受性が癌細胞表面のULBP2タンパク依存性であること、免疫療法のターゲット足り得ることなどを示した論文で、PhD学生のErik Wennerberg君、准教授Andreas Lundqvist先生との共同研究です。現在はこれを受けて、NK細胞による臨床試験の準備と、甲状腺未分化癌の放射線/化学療法剤によるNK感受性変化の実験などを行っています。

ストックホルムは海に囲まれており、気候は穏やかです。夏は暑くとも25〜30℃程度で乾燥しています。冬はマイナス20℃になることもあるようですが、稀です。積雪量もそれほど多くはありません。昨冬・今冬は暖冬で、気温は0〜マイナス5℃前後です。先日は凍った湖にスケートをしに行きました。多くのスウェーデン人はスケート持参で、さらに専用のストックと、水中に落下したときのための脱出用ピック、浮き袋にもなるバックパックを持っています。寒い年には海が凍り、島まで渡れるそうで、氷の厚みと耐荷重などについて説明した専門書まで売られています。

ストックホルムは住宅事情が大変厳しく、ワンルームのアパートで10,000クローネ(15万円)することも珍しくありませんし、一年以上連続で借りられるところはほとんど見つかりません。私は、カロリンスカ研究所の近くにある研究者用の寮を2年以上前に申し込んで、昨夏にようやく入居できました(それまで一年間は妻の名義で学生寮に住んでいました)。住宅確保は激戦ですが、家そのものはとても快適です。スウェーデンハウスという日本の住宅メーカーをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、窓は二重(または三重)で、暖房設備も良く、室内で寒さを感じることはありません。黄色や赤に塗られた家は最も北欧らしいかもしれません。

ところで、もっともストックホルムらしいものと言えば、ノーベル賞に関するイベントでしょうか。今年は物理学賞で日本の先生方が受賞をしましたが、受賞講演が行われるストックホルム大学はすぐ近くです。世界の一流講演を直に聴けるのも、非常に貴重な経験です。

最後になりましたが、このたびは海外での研究の機会を与えて頂き、医会の皆さまには本当に感謝しております。引き続き頑張ってゆきたいと思います。

海外留学記ー吉本由哉先生(カロリンスカ研究所)

皆様、こんにちは。

この4月で医師7年目(入局5年目)になりました、吉本由哉です。昨年8月より海外留学の機会を頂いて、スウェーデン・ストックホルムにあるカロリンスカ研究所に博士研究員として在籍しています。研究所・研究室のことや、近況についてご報告させて頂きます。

カロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)はスウェーデンの単科医科大学であり、日本ではカロリンスカ医科大学と呼ばれることもあります。ノーベル医学・生理学賞の選考委員がおかれていることでも有名で、毎年12月にはキャンパス内の講堂で受賞講演が行われます(私も聴きに行ってきました)。研究所の組織は研究所、医学部、病院の3つに別れ、さらに研究所には22のDepartmentがあります。私が在籍しているのはDepartment of Oncology-PathologyのCancer Immune & Gene Therapy研究室です。研究室を主催するRolf Kiessling教授は、免疫学上重要なNK細胞の発見者の一人であり、現在も抗腫瘍免疫研究の業界をリードしています。研究テーマは、pDNAワクチンによる抗腫瘍免疫の活性化、DC療法、NK細胞活性化機構解明、腫瘍細胞の免疫逃避機能解明などを行っています。

私たちのいるのはCancer Center Karolinskaと呼ばれている6階建ての建物で、そのうちの1フロアを、数グループで共有しています。建物全体では30名ほどのPI(Principal Investigator、教授や准教授など研究指導者)がいますが、主な住人は博士学位取得を目指しているPhD studentです。さらに加えて博士研究員(ポスドク)やMaster student、技術員がいます。平均年齢は若く、建物1階のKitchenではハロウィンやイースターのパーティーが開催されたりと、雰囲気も賑やかです。国際色も豊かで、ヨーロッパを中心に世界各国から学生が集まっています。私が一緒に仕事をしているのは主に、スウェーデン人医師、学生、スペイン人ポスドク、ドイツ人学生などで、研究室での共用語は英語です。この建物では日本人は私一人だけですが、病院では数人の日本人が医師として働いているそうです(普段はお話しする機会がないのですが)。また違う研究棟にまで足を伸ばせば、そこそこの数の日本人研究者がいると聞きました。

Rolf Kiessling先生は基礎系研究室の教授ですが、病院・臨床腫瘍科の医師を兼任しています。専門はメラノーマ(北欧では全がん中6位の罹患率と比較的メジャーな疾患)で、その患者検体を用いた研究がグループの主なテーマの一つです。メラノーマでは最新の免疫標的薬剤が他がんに比べていち早く認可されており、研究価値が非常に高いものになっています。今までにIpilimumab投与を受けた患者リンパ球の変化が(具体的には、顆粒球MDSCの減少が)治療効果と関連していることや、DCワクチン投与後に生体内でNK活性が変化することが見出されてきました。最近ではNK感受性分子の重要性(詳細は割愛)を臨床検体から見出していて、この投稿中の論文では私も共著者になっています。一方で研究の進め方では、日本とは違うと感じる部分もあり、最初は随分戸惑いました。なかなか上手く表現出来ないのですが、随分と権限を与えられて任されている(ところもある)といった感じでしょうか。周囲のPhD studentを見ていると、研究室を跨いで勝手に共同研究を始めたりと、自由な印象も持ちます(ここまではOKという絶妙な線引きがあるようです)。私自身もようやく、プロジェクトの進め方が分かって、少しは仕事がはかどるようになったと感じます。この辺りについてもいずれ機会があればお伝えさせて頂きたいと存じます。

このたびは海外での研究の機会を与えて頂き、医会の皆さまには本当に感謝しております。引き続き頑張ってゆきたいと思います。また、皆様からの引き続きのご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

海外留学記ー岡本雅彦先生(オハイオ州立大学)

オハイオ州立大学留学中の岡本です。赴任から早くも2年弱が過ぎまして、2度めの留学記を執筆させていただきます。

研究――
アメリカの大学のラボは入れ替わりが激しいのが特徴ですが、私のラボもそのご多分に漏れずに赴任中にメンバーがだいぶ入れ替わりました。ラボ内はPI (principal investigator :主任研究者)ごとに幾つかのチームに別れているのですが、私のチームは5人中3人が辞め、新たに2人が加入しました。他のチームも適宜入れ替わってお り、またundergraduateの学生さんも短期間で加入したりしているため、名前を覚えるのも一苦労な状態です。気がつけばラボ内でも古株になって おり、試薬の場所や実験器具の操作方法を尋ねられる機会が増えました。私のチームに新規加入した2人は生物実験をするのが初めてということも有り、培養の 方法からウェスタンブロットやPCRなど実験を指導・助言する業務が勤務時間の1/3くらいを占めております。無菌操作を教えるのは一苦労で、インキュ ベーター内の細胞がコンタミにより全滅という悲惨な事態も起こりましたが。
ラボマネージャーも入れ替わりましたが、新しい方は良くも悪くもアメリカ人気質な方で、発注をお願いしたものが発注されてなかったり、物流センターに届い た連絡が来なかったりということが度々あります。実験が滞ることこの上ないのですが、最近では諦めてこまめに発注状況を確認するようにしています。

暮らし――
昨年の冬は暖冬でほとんど雪も降りませんでしたが、今年は通常通り雪も降り、最高気温が氷点下の日が1週間単位で続くような、噂に聞いていたオハイオの冬 でした。雪が降っても幹線道路の除雪はあっという間に行われますし、室内の防寒もしっかりしていますので特に不自由なく北国の冬を堪能しております。私の 借りているメゾネットは全館暖房なのですが、ある日の夜になんとなく寒いなと思ったら暖房システムが故障していました。厚着をして布団を被ってなんとか一 晩を過ごした後、翌日には無事に修理をしていただきましたが、室温が徐々に下がっていく夜は恐ろしく、文字通り肝を冷やした事件でした。

医療――
昨年は妻の妊娠・出産のためにアメリカの医療を受ける機会がありました。私は現在オハイオ州立大学の正規職員という立場であるために、オハイオ州立大学が スポンサードしている医療保険に加入することができています。周知の通り、アメリカでは自由に医療機関を受診することが出来ず、保険会社が契約している医 療機関(ネットワーク医療機関と言います)の中から選んで受診する必要があります。医療保険の種類によっては、どんな疾患でもまずはホームドクターに受診 し、そこからの紹介がないと専門医にはかかれないというものもあるようです。オハイオ州立大の保険は、月々の掛け金、受診する際の自己負担率、自己負担金 の上限、非ネットワーク医療機関の受診の可否などによって全6種類の医療保険の中から保険を選ぶ必要があり、非常に複雑でした。掛け金は月々100ド ル?500ドルとカバー内容によって幅があります。自己負担率も医療の内容により0%?30%とまちまちです。
医療としては妊娠期間中のエコーは基本2回まで、採血も必要最低限のみなどコスト削減が徹底化しておりました。しかし医師が必要と認めれば適宜保険内での 検査も追加できるようであり、日本の医療に比べると若干寂しい気はしましたが、合理的な印象です。医師が許可した検査結果や次回予約などの内容をインター ネットを通じて閲覧できるサービスもあり、これは非常に便利でした。同サービスからは医師にメールで質問する機能もあり、試しに質問してみたところそれほ ど日を置くことなく返信がありました。医師の業務量の増加が心配されますが、おそらく専任のスタッフがある程度処理しているのではないかと想像します。

Time has wings――
光陰矢のごとしの諺のように、留学の日々もあっという間に過ぎてしまいました。2年弱基礎研究に没頭して、本当の意味での基礎研究の難しさ、楽しさを学べ たような気がします。思うように結果が出ないもどかしい日々も続き、自分の立てた仮説を否定される辛さを味わうたびに、自然科学というものはこのように ゆっくりと少しずつ進んできたのだなということを改めて実感しております。 雪深い厳しい冬がようやく過ぎ、春の足音が少しずつ聞こえてきたところで、4月からは群馬大学に復職させていただきます。この貴重な経験を少しでも皆様に お還しできるよう、努力させていただきます。

海外留学記ー河村英将先生(マサチューセッツ総合病院)

Facebookなどで旅の記録を残していると、いろいろな所に旅してばかりで実験しているのか?と疑問をもたれているような気がする。旅と言っても毎 回遊びに行っているわけではない。学会や施設見学に参加したり、年に数回はニューヨーク州のBrookhaven National Laboratoryへ重粒子の照射実験に行ったりしているのだ。

ボストンから車で2時間、コネチカット州に下り、そこからフェリーに乗る。 フェリーに乗ると、いつも船内の売店でチーズバーガーを頼む。船の上なのに、なかなか美味しい。食べ終わるとたいてい寝てしまうのだが、ときには甲板に出 て過ごす。寒いと人も少ないが、晴れていればなかなか心地よい。 1時間半でニューヨーク、ロングアイランドの先端につき、そこからさらに車で1時間。ワイナリーや別荘地、農場の間を抜けて進む。
いつもは美しいドライブコースなのだが、今回はハリケーン、サンディーが襲った直後なので少し様子が異なっていた。道は概ね掃除されていたが、路肩には 折れた木の残骸が積まれており、ところどころ停電で信号がついていない。後で気付いたのだが、ニューヨーク港が閉鎖していたりしていた影響でガソリンが不 足しており、ガソリンスタンドには長い列が出来ていた。日本の震災の後の混乱を思いだされたものの、予想していたほどの大きな混乱はなく無事研究所にたど り着く。
研究所は広大な自然の中にあり、ガチョウや七面鳥、鹿などの野生動物を多く見かける。今回は嵐の後だからか、いつもより見かける動物が少ない気がした。 滞在中は、研究所の敷地内には宿泊施設に泊まる。個室にはベッドと冷蔵庫、机などは狭いながらもそろっている。キッチンやシャワー、トイレは共用だが、み な実験の時間帯がずれるせいかあまり問題にはならない。 研究所の敷地内にはカフェテリアや(つまみはいまいちだが)ちゃんとドラフトビールがのめるバーもある。

出発前に照射実験の内容から必要な細胞数を計算し、大量の細胞を用意する。試薬や実験器具も必要量を見積もり、そろえておく。最初の頃は慣れた同僚が準 備し、ただ付いて行くだけだったのだが、今年にかけてラボのメンバーが大幅に入れ替わったこともあり、かなりの部分が任されるようになった。 現地で手に入らない物品も多いので、この準備には相当気を使う。特に今回は直前に学会が重なった事もあって準備が前倒しになったうえ、ハリケーンで日程も 狂ったので混乱もあった。
実験は限られた照射時間を有効に使うため、チームワークが必要になる(未だに英語での意思疎通が不自由なのが問題なのだが)。照射の前日に大量のサンプ ルを用意し、当日は流れ作業。一人がサンプルを準備し、一人が照射室にそれを運んでセットし、一人が照射後の処理をする。平行して特殊な処理が必要なサン プルが割り込んだりするので混乱を免れない。ラボのメンバーの他に、照射には複数の物理士さんが働いており、その他にも照射を手伝ってくれる人、照射後の 放射化されたサンプルの線量をチェックする人などたくさんの人の協力で成り立っている。

広大な研究所の中であるが、使用しているNASA Space Radiation Laboratoryという施設は比較的こじんまりとしていて家庭的な趣がある。
照射実験中はビームの兼ね合いで時間が不規則になることもあり、休憩室に食べ物を用意しておいて手の空いた時間に食事をとる。テーブルに並ぶのはドー ナッツやクッキーなどのお菓子のほか、生ハムやチーズ、ハマスにパンなど。皆がそれぞれに工夫した?おやつが並ぶので、実験中の楽しみの一つだ。特に物理 士さんがたまに作ってきてくれる自家製のキュアドサーモン(サーモンを塩や砂糖、ハーブで数日しめたもの)は絶品で、もう食べられないのが心残りだ。
同僚の一人は以前この研究所で働いていたのだが、彼女はホワイトボードに芸術的な「落書き」を描いていた。ホワイトボードの更新とともに消されてしまう 運命だったのだったのだが、なんとその前に写真にとって保存してあり、新しいホワイトボードの横に額にいれられ、美しく飾られていた。こういう遊び心には 感心してしまう。
今回の実験は職員の人の家では未だ停電が続いていたり、電話も不通で連絡が取れなかったりという混乱の中だった。ある物理士さんは他の人が来れないため 連日長時間労働となっており、その上ガソリン不足で満足に家にも帰れず研究所に泊まり込んでいた。そんな状況だというのに、彼はちょっとした待ち時間にギ ターを奏でていた。周りの人も手を休めて聴いてしまう。こういう心の余裕はなかなか持てないと思う。

アメリカでの留学生活も長くなり、これは生活だと感じる事が多くなったように思う。当初は何事も新鮮で旅行のような感覚があったものが、慣れることで生 活になったような感触があるのだ。では旅と生活の境界はなんなのだろう、と考えたとき、アインシュタインの ”There are two ways to live: you can live as if nothing is a miracle; you can live as if everything is a miracle.” という言葉が思い出された。きっと旅と生活の違いは、もちろん環境に影響されるがそれ以上に自分の心のもちようの違いなのだろう。残 りの留学生活も、日本に帰ってからの生活も、旅のような新鮮さを失わなずに過ごせるように気を引き締めて頑張っていければと思う。

留学という貴重な経験をする機会を与えていただきました、中野教授をはじめ放射線科医会の皆様に心から感謝しております。

海外留学記ー岡本雅彦先生(オハイオ州立大学)

平成15年卒の岡本雅彦です。 本年5月までは群馬県立がんセンターに勤務しておりましたが、6月から米国オハイオ州コロンバス市にありますThe Ohio State Universityに研究留学させていただいております。留学からはやくも半年が過ぎ、当地は冬の足音が聞こえてきました。現状について簡単ですが報告 致します。

オハイオ ―― じゃがいも?
じゃがいもで有名なアイダホ州と語感が似ていますが、オハイオ州はアメリカのわりと北東の方にあります。五大湖の右下あたり、と言うと伝わりやすいでしょ うか。時間帯は東部時間なのですが、地域区分としては中西部に入ります。また、じゃがいもではなくトウモロコシが名産のようです。
コロンバス市はオハイオ州の州都で、人口は79万人と全米第15位の都市です。人口密度は1400人/km2とボストンの1/4程度で、アメリカのいわゆ る地方都市のイメージの街です。ちなみに群馬大学のある前橋市の人口密度は1100人/km2ですが、似たような雰囲気を感じます。家の周りには自然が多 く、アパートの庭で夏にはホタルが舞いますし、周りを散歩するとリスやウサギと出会います。またゴルフの帝王ジャックニクラウスはコロンバス市の出身であ り、市を取り囲むように走る高速道路はJack Nicklaus freewayと呼ばれているようです(実際に聞いたことはありません)。市周囲にはゴルフ場も多く、私の家の裏手もゴルフの練習場となっています。練習 場には当然ネットなどはなく、駄々広い芝生の向こうのほうでガチョウたちがボールも気にせずくつろいでいたりします。

The Ohio State University ―― Go Bucks!
OSUと略します。1870年に開校した州立の総合大学で、コロンバス市のほぼ中心に位置します。全米1,2位を争う学生数を誇るマンモス校です。敷地も 広大で、大学附属の施設としてuniversity airportまであるのには驚きました。先日発表されたTimes Higher EducationのUniversity World Rankings 2011-2012では57位と意外と健闘しています。昨年は66位でしたので、勢いのある大学と言えそうです。コロンバス市にはいわゆるアメリカ4大メ ジャースポーツはホッケーチームしかなく、その代わりとしてOSUのアメリカンフットボールチームが地域住民からとても愛されています。試合の時には10 万人収容できる大学のフットボールスタジアムがチームカラーの赤で埋め尽くされます。スーパーに行ってもOSUグッズ売り場が必ずあり、秋になると試合の 日以外にも街中でOSUのロゴのシャツやグッズを着用している人を老若男女問わず多数見かけます。チーム名がBuckeyesなので、応援の合言葉はGo Bucks! この一言でコロンバスでは暮らしていけます。

Medical Center & Cancer hospital
大学病院としてのMedical Center Hospitalのベッド数は1000床ほどで、その隣に私が所属するDepartment of Radiation OncologyがあるJames Cancer hospitalがあります。放射線治療部はChakravarti教授を含め医者9人、シニアレジテント6人と極端に多いわけではありませんが、医師に はそれぞれ担当Office Associateがついているのが興味深いところです。毎週放射線科内メーリングリストでドクターの予定が送られてきますが、Clinic Day, Academic Dayがきっちりと分かれているのはさすがと思いました。放射線治療患者は一日140人ほどで、例えば今週で言うと新患27人中17人がIMRT,1人が SRTと治療患者の大半を高精度治療患者が占めます。
基礎研究グループには4人のAssistant Professorと私を含めて15人のPost Doc/Research Assistantが所属しています。研究者数の増加に伴い研究室が2ビル3フロアにまたがっており、普段は全然顔を合わせない同僚もいます。
基礎研究としては教授の専門でもある脳腫瘍、特にGlioblastomaをテーマにしている研究者が多いのですが、様々な方面から研究が行われているため、lab meetingでの発表がとても勉強になり刺激となります。自分の発表は毎回冷や汗ものですが。

半年が過ぎて――
情報化と物流が発達した時代ですので、先進国に居住している限り大抵のものは手に入りますし、電子書籍で日本の雑誌や書籍も閲覧できます。時差はあります が日本にいる家族や友人とテレビ電話で話すこともできます。いい時代に生きていることを感謝すると同時に、住むところはそれほど重要ではないのだな、とい うことを実感しています。では留学の価値はどこにあるのか。その一つとして視点の転換があるのかな、と感じています。日本国内で臨床医をしているのとは全 く異なった生活スタイルと環境。周囲の人達の多様な背景に由る思考や判断基準。こういった物事に触れることで、異なった価値観に基づく新たな視点が獲得で きつつあるように思います。
医師不足が叫ばれる中、このような貴重な機会を与えていただいた中野教授、鈴木准教授を初めとした医会の諸先生方、前任の野田先生、白井先生にこの場を借りまして心から感謝申し上げます。
これから到来するオハイオの冬は、とても厳しいと聞いています。この厳しい季節を乗り越えて、帰国の際にはより成長した姿でこの留学を皆様にお還しできるよう、日々努力したく思っております。

海外留学記ー河村英将先生(マサチューセッツ総合病院)

ボストンを初めて訪れたのは中学生の時で、その時の記憶は港で階段に座ってクラムチャウダーを食べた事くらい。次が医学部5年生の時。放射線科の臨床実 習の際、中野教授に「世界一の病院を見てこい」とマサチューセッツ総合病院(MGH)を紹介していただいたのだった。当時は正直なところ放射線治療に特に 興味は無く、あまりまじめな学生でもなかった私にとって、MGHでの実習は驚きに満ちていて、勉強不足を痛感させられた貴重な体験だった。そして放射線腫 瘍医を志して10年後の今、こうしてMGHに留学できていることは実に感慨深い。病院のすぐ近くにあったハンバーガーショップはなくなっていてかなり時間 が過ぎたことを感じるが、その一方、実習のときにご指導いただいた先生方が現在でも活躍しているのは何かうれしい。また、実習当時はレジデントとして働い ていた先生が、研究室の隣のグループの主任研究員として活躍していたりするのをみると、自分の成長していなさを感じさせられる。
もうボストンでの生活も半年になる。研究においても、生活においても日本での準備の段階から前任の先輩方をはじめとするたくさんの人々に助けていただい たおかげで、比較的順調に始められたと思う。部屋が間接照明のみで薄暗いこと。コーヒー1杯の支払いもカードで良いこと。台所や風呂に換気扇が無いこと。 クリーンベンチにガスバーナーが無いこと。ビールの種類がたくさんあること。華氏の天気予報やポンド表示の量り売り。手術着で犬の散歩をしていること。7 回には”Take Me Out to the Ball Game”を歌うこと。生牡蠣を一年中食べること。多少の雨では傘をささないこと。最初のうちはそんな細々した違いに驚いたり、悩まされたりしながらも今 ではだいぶ慣れてきた。
正直なところ、アメリカという国を以前はあまり好きではなかった。旅行先として面白みに欠ける気がしていたし、ご飯もつまらないし、正義を振りかざす感 じも何となく嫌いだった(偏見)。ただ、実際に過ごしてみると、ボストンはとても良いところだ。市内のそこかしこや周辺の小さな町は古い町並みが保存され ていて、雰囲気がよく、美しい。ハンバーガーなどは思ったよりずっとおいしく、日本の食材も(魚以外は)簡単に手に入る。平均年齢が20代という学生の町 だけあって服装もラフで気を使わずにすみ、治安も良く夜の一人歩きもあまり心配いらない。そして、人がとても親切だ。私のつたない英語を辛抱強く理解しよ うとしてくれ、助けてくれる。日本人は親切といわれるが、こんなに親切だったろうかと考えさせられてしまうほどだ。旅行で通りすぎるだけでは気付かずに、 住んでみないとわからないことがたくさんあることを再認識させられる。
インターネットで世界が繋がっている今、本当にここでしかできない事というのは実は多くないのかもしれない。その一方で、独りボストンにいても世界中の 多くの人と繋がっていることを実感でき、皆に励まされながらなんとかやって来られている。それを力にして、ここでしかできない何かができるように、この貴 重な時間を過ごして行ければと思う。

このような機会を与えてくださり、また、大地震の直後の混乱で通常の臨床業務もままならない中、快く送りだしてくれた中野教授をはじめとする医会の皆様に深く感謝しています。

めっきり寒くなってきたボストンにて

田巻倫明先生(IAEA活動報告)

今年の10月から群馬大学に戻りました田巻倫明です。
昨年の9月から約1年間、国際原子力機関(IAEA)のDivision of Human Health、Applied Radiation Biology and Radiotherapy Section(略:ARBR)にコンサルタントとして赴任しておりましたので、その報告を致します。今回の赴任は、これまで中野教授がプロジェクトリー ダーを務めているIAEAのアジア地域放射線治療プロジェクトの活動がきっかけで、前述の部署のOfficerの方に「短期赴任してみないか」というお話 を頂いて始まりました。
IAEAは、原子力の平和利用を目的に活動をしている国連機関です。イランや北朝鮮の核兵器開発の監視などでニュースに登場することが多いですが、今年は福島の原発事故の対応ですでに馴染みの深い名前になっていることと思います。
このような活動の他にも、加盟国内で原子力・放射線関連の平和的な利用を促進する活動をしています。がん放射線治療の普及もその1つで、天野IAEA事 務局長が就任1年目の重要課題として取り組んでいた分野です。ARBRが担当するプロジェクトは、放射線治療がまだ未熟であったり存在しない加盟国でがん の放射線治療を普及させるプロジェクトです。
当たり前の話ですが、放射線治療を行うには、放射線の安全に関する法規制と監督機関、放射線医療を含む医療全体を管理する法律とそれを監督する行政機 関、放射線治療施設、機器や線源を供給・メンテナンスする治療機器企業、実際に治療を担当する治療医、医学物理士、技師、看護師が必要です。これらの準備 をするとともに、一旦立ち上げた後は、安全な放射線治療を継続的に運営していく必要があります。これにARBRが技術的なサポートをしていきます。
群馬大学が目指している最先端の放射線治療とは、対極にあるようなものですが、実はこれがとても勉強になりました。すでに確立された放射線治療部門で仕 事をしていると、既存のシステムや「御作法」に沿って仕事をするということが第一になってしまい、本当に重要な基本というものが時に分かりにくくなること があると思います。しかし、全くゼロから放射線治療を始める国に何が必要なのかというアドバイスを送るには、基本中の基本から始めなければいけません。 IAEAは、もちろん世界で標準となっているものを広めていきます。よって、途上国ではゼロから始めたとしても、プロジェクトが成功すれば標準的な方法で 放射線治療を行います。日本の放射線治療があまりに進みすぎていたり、また独自の方法をとっていたり、独自の問題を抱えていたり、理由はどうであれ、本当 に世界で標準的とされているMaterials and Methodsに沿えているのか?もし沿っていないのなら、それに対するしっかりとした答えがあるのか?ということが重要だと思いました。1つの例は、日 本の医学物理士の不足の問題です。日本の治療機の数は世界的にも突出していながら、臨床医学物理士の数は皆さんもお分かりの通りほぼ皆無です。IAEAの 安全基準では、医学物理士なしで放射線治療を施行してはいけないことになっています。これは、すでに学問的なMaterials and Methodsの域を超えて「基本的安全基準」に沿っているのかというレベルです。我々が答えられなければいけない質問であると思います。
このように書くと日本の批判ばかりをしているように聞こえてしまうかも知れませんが、これらは日本の放射線治療をより良いものにするために我々がクリア しなければいけない課題であると私は思っています。今、我々の教室は特に若い医局員が増えていることや、異動が常にあることなども踏まえると、全体的なシ ステムとして、安全に正しい放射線治療が提供できるような運営システムや教育システムを作っていく必要があると思います。
ただ、外国に対しては我々は自虐的なことは言ってはならないと思います。実際に日本人の個々の能力や責任感は外国人のそれと比べ物にならないほど優れて いることが多いので、日本人や組織の良い面を外に十分アピールしつつ、それに驕ることなく自分たちのシステムを改善していく努力を継続することが重要だと 思います。
IAEAでの活動報告からは少しそれてしまったかも知れませんが、お許し下さい。
質問には個別にお答えしますので、何かありましたらご連絡下さい。
それと、IAEAのDivision of Human Health は新しいホームページがあるので参考にして下さい。IAEAの出版物は、誰でも全て無料でダウンロードできます。http://humanhealth.iaea.orgです。

若月優先生(マサチューセッツ総合病院)

ご無沙汰しております。現在アメリカ合衆国ボストンのマサチューセッツ総合病院に留学中の若月です。今回は実際の研究の環境や参加しているカンファレンス等に関して、報告したいと思います。
まず研究に関してですが、自分は現在chondrosarcoma細胞並びにchordoma細胞を用いて、これらの細胞のbystander effectに関する研究を行っており、サンディエゴで行われるアメリカ放射線腫瘍学会(ASTRO)で“The lack of a bystander response induced by photon irradiation in chondrosarcoma cells”の題名にて報告する予定です。実験は主に研究室に備え付けられているX線照射装置で行っているのですが、年に数回(前回、年2回と書いたので すが、特に回数は決まっていないようです。今年は4月、6月、10月、11月の4回)ニューヨーク州東部のロングアイランドにあるBrookhaven National Laboratory内のNASA space radiation laboratoryでも実験を行っております。Brookhaven National Laboratoryはアメリカでも最大規模の実験施設の一つで、世界有数の加速性能を持つRelativistic Heavy Ion Collider(RHIC)と呼ばれるシンクロトロンがあり、重イオンの照射実験を行うことができます。実際に自分たちのグループはProton, Carbon, Iron, Titaniumなどのイオンを用いて照射実験を行っております。これは、自分達の研究室では宇宙放射線に関する研究を行っており、(宇宙放射線の大部分 は陽子を中心とする荷電粒子線)、これらの荷電粒子の影響をBystander effectの面から調べる研究を行っています。
またこの7月からは、研究のみでなく臨床の勉強も行うために、MGH放射線科の毎朝のカンファレンスにも参加させていただいております。この毎朝のカン ファレンスは主にレジデントの教育を目的としたカンファレンスで朝8時からさまざまなテーマで1時間程度行われています。6月から8月は、Summer seminarといった形で、臓器ごとに担当の医師がレジデント向けの教育的な講義を日替わりで行っていました。レジデント向けといっても内容のレベルは かなり高く、実際にASTROなどで教育講演を行っている先生の講義も複数含まれており、各疾患における放射線治療の変遷・現状から最新のトピック、進行 中の臨床試験の紹介などを勉強でき、非常に知識の再確認とともに新たな学習の場となりました。日本の現状とアメリカでも有数の病院であるMGHとを比較し て、大きく差があると感じたことは、やはり進行中の臨床試験の多さです。肺癌・食道癌といったメジャーなものから、骨軟部腫瘍のようなマイナーな疾患ま で、非常に多くの臨床試験がRTOGなど複数のグループによって計画され、実際に進行しています。またIMRTに関しても非常に驚かされました。MGHで はIMRTが非常に多くの疾患に施行しているようです。頭頚部腫瘍や脳腫瘍・前立腺癌など日本でも施行されている疾患はもちろんですが、骨軟部腫瘍や肛門 管癌など日本ではほぼ行われていないような疾患まで非常に多岐にわたる疾患で、臨床試験だけでなく実地臨床としてもIMRTが施行されているようです。局 所進行肺癌などでは90%以上の症例でIMRTを施行しているとの話も耳にしました。また9月からはレジデント主導によるレジデント向けのレクチャーや放 射線生物学の講義、他科とのカンファレンスなども行われております。
今年の日本は大変な猛暑だったと聞きました。ボストンも今年は例年以上に気温が高く、また湿度も予想以上に高かったこともあり、日本の夏に近いような季 節を過ごしました。しかし10月に入って気温が急激に下がり、すっかり秋を通り越して冬が近づいてきたことを感じられるようになってきました。ちょうど留 学して1年が過ぎ、文化や習慣の違いや、考え方・倫理感の違いなど日本との多くの相違点を感じながらも、同時にアメリカに来て日本の良い面や優っている面 も多く感じられております。残りの留学期間も実験・臨床・文化の面でさらに多くの経験をしていきたいと思います。最後になりましたがこのような貴重な経験 をする機会を与えていただきました、中野教授をはじめ放射線科医会の皆様に心から感謝しております。帰国しましたら、この経験を後輩の皆さんに還元できれ ばと考えております。

白井克幸先生(オハイオ州立大学)

オハイオ州立大学(Ohio State University: OSU)、放射線科に研究留学させていただいております白井です。2009年6月からの留学で、はや1年が経とうとしています。今回は2回目の研究留学記として、これまでの活動を報告させていただきます。

まず研究に関してですが、前任者の野田先生のプロジェクトと自分の研究とを同時進行で行っております。昨年は細胞がなかなか育たなかったり、実験系がス ムーズに確立できなかったりと、思うように実験が進まないことも多かったのですが、今年に入ってからは比較的安定して結果が出せるようになりました。私の 研究内容はHIF-1α(低酸素誘導因子)による放射線抵抗性メカニズムで、おもにin vitroの研究を行っています。自分で関連する論文を調べながら実験を立ち上げ、ここまでやってきましたが、おかげさまで今年の米国放射線腫瘍学会 (ASTRO)に演題が採択されました。しかしながら、メカニズムなどの詳細を明らかにする研究はできておらず、まだまだ追加実験も必要です。残り一年で すが、何とかこれらの研究をやり遂げ、論文を投稿するところまでもって行けるよう全力を尽くしたいと思います。

また、帰宅後から就寝までの時間は、日本でのやり残したデータを論文にするようにしています。これまで「学会で報告したデータは論文にしなければ」と思っ てはいたものの、実際に論文を書くことはやはり難しく、データを寝かせてしまっていました。しかも、何年か前に発表したままというデータもあり、どうして も思い出しながらの執筆になってしまうので、二度手間が多くなってしまいます。「なぜ、もっと早く論文がかけなかったのだろうか」と自分のふがいなさを感 じながら、反省しながらの論文執筆です。ただ、そのかいあって、群馬がんセンターの臨床データ(食道癌のDVH解析)がRed Journalにacceptされました。論文をご指導していただいた玉木先生、中野教授には、本当に感謝しております。

また、今年6月にシカゴで行われた米国臨床腫瘍学会(ASCO)に参加させていただきました。臨床医としては、いつか参加したいと以前から思っていたの で、今回参加できたことは大変有意義でした。世界一の腫瘍学会だけあり、参加者数の多さ(今年は3万人のようです)、会場の広大さ(McCormick Place: アメリカ最大の総合コンベンションセンター)でまさに圧倒されました。また発表に関してもEvidenceの宝庫といった感じで、特に口演発表に関しては そのまま“Journal of Clinical Oncology”や“New England Journal of Medicine”に投稿されうると思われるレベルの高さでした。いつかは自分でも演題を出して参加したいものですが、さすがに単施設の retrospective studyはとても採択されない印象です。しかしながら、今年からは現在進行中の臨床試験に関するポスターセッションとして”Trials in progress Poster Session”が導入されました。このセッションは臨床試験の背景となるサイエンスに焦点を当てているため、アウトカムのデータは必要ありません。とい うのも、このセッションは臨床試験実施研究者間の議論を促進し、新たな研究者や施設の参加を症例することが目的だからだそうです。日本からも国立がんセン ターの先生方が、JCOGの放射線治療関連のstudyをいくつか発表されていました。群馬大学からもこの機会を利用して(重粒子線治療のstudyな ど)、ASCOで発表されてもおもしろいのではないかなと、感じました。ご参考になれば幸いです。

またその他の活動としては6月にフィラデルフィアで行われたRTOG semi-annual meetingに参加し、Brain TRP (Translational Research Program) committeeで約20分間にわたり口演発表する機会をいただきました。現在わが研究室では、RTOGの脳腫瘍trialで登録されている組織検体を 用いTranslational Researchを行う予定なのですが、組織を使わせてもらう際には、事前に研究計画を発表し承認してもらう必要があります。現在お世話になっている Chakravarti教授はRTOG の脳腫瘍生物研究部門の責任者なので、OSUではRTOGを用いた研究をしやすい環境にあるといえます。英語での口頭発表はまだまだ私には難しいですが、 大変良い経験となりました。また今回のRTOG meetingには群馬大学から中野教授・鈴木先生、群馬がんセンターからは岡本先生が参加されました。また忙しい日程の中で、OSUにも寄って研究室の 様子や研究状況を見ていただき、本当にありがとうございました。また中野教授はOSUでGround Roundを行い、“Current Status of Carbon ION Radiation Therapy in Japan”の講演をされました。OSUのスタッフも群馬大学の重粒子線治療に大変興味を持ったようで、講演後も活発な議論が行われました。OSUでは著 名な研究者を呼びGround Roundを行っているのですが、私が知る限り日本人の先生が発表するのは中野教授が初めてだったと思います。私としても大変鼻が高い思いです。

群馬大学では重粒子線治療開始・国際学会(PTCOG)開催と非常に忙しい時期にもかかわらず、このように留学させていただき本当に感謝しております。研 究に集中できる環境で、科学と正面から向き合える時期は、必ずや自分の将来にプラスになると確信しています。残りの留学期間も無駄にならないように、日々 精進したいと思っております。皆さんとまた、日本で働けることを心から楽しみにしております。