海外留学記ー河村英将先生(マサチューセッツ総合病院)

Facebookなどで旅の記録を残していると、いろいろな所に旅してばかりで実験しているのか?と疑問をもたれているような気がする。旅と言っても毎 回遊びに行っているわけではない。学会や施設見学に参加したり、年に数回はニューヨーク州のBrookhaven National Laboratoryへ重粒子の照射実験に行ったりしているのだ。

ボストンから車で2時間、コネチカット州に下り、そこからフェリーに乗る。 フェリーに乗ると、いつも船内の売店でチーズバーガーを頼む。船の上なのに、なかなか美味しい。食べ終わるとたいてい寝てしまうのだが、ときには甲板に出 て過ごす。寒いと人も少ないが、晴れていればなかなか心地よい。 1時間半でニューヨーク、ロングアイランドの先端につき、そこからさらに車で1時間。ワイナリーや別荘地、農場の間を抜けて進む。
いつもは美しいドライブコースなのだが、今回はハリケーン、サンディーが襲った直後なので少し様子が異なっていた。道は概ね掃除されていたが、路肩には 折れた木の残骸が積まれており、ところどころ停電で信号がついていない。後で気付いたのだが、ニューヨーク港が閉鎖していたりしていた影響でガソリンが不 足しており、ガソリンスタンドには長い列が出来ていた。日本の震災の後の混乱を思いだされたものの、予想していたほどの大きな混乱はなく無事研究所にたど り着く。
研究所は広大な自然の中にあり、ガチョウや七面鳥、鹿などの野生動物を多く見かける。今回は嵐の後だからか、いつもより見かける動物が少ない気がした。 滞在中は、研究所の敷地内には宿泊施設に泊まる。個室にはベッドと冷蔵庫、机などは狭いながらもそろっている。キッチンやシャワー、トイレは共用だが、み な実験の時間帯がずれるせいかあまり問題にはならない。 研究所の敷地内にはカフェテリアや(つまみはいまいちだが)ちゃんとドラフトビールがのめるバーもある。

出発前に照射実験の内容から必要な細胞数を計算し、大量の細胞を用意する。試薬や実験器具も必要量を見積もり、そろえておく。最初の頃は慣れた同僚が準 備し、ただ付いて行くだけだったのだが、今年にかけてラボのメンバーが大幅に入れ替わったこともあり、かなりの部分が任されるようになった。 現地で手に入らない物品も多いので、この準備には相当気を使う。特に今回は直前に学会が重なった事もあって準備が前倒しになったうえ、ハリケーンで日程も 狂ったので混乱もあった。
実験は限られた照射時間を有効に使うため、チームワークが必要になる(未だに英語での意思疎通が不自由なのが問題なのだが)。照射の前日に大量のサンプ ルを用意し、当日は流れ作業。一人がサンプルを準備し、一人が照射室にそれを運んでセットし、一人が照射後の処理をする。平行して特殊な処理が必要なサン プルが割り込んだりするので混乱を免れない。ラボのメンバーの他に、照射には複数の物理士さんが働いており、その他にも照射を手伝ってくれる人、照射後の 放射化されたサンプルの線量をチェックする人などたくさんの人の協力で成り立っている。

広大な研究所の中であるが、使用しているNASA Space Radiation Laboratoryという施設は比較的こじんまりとしていて家庭的な趣がある。
照射実験中はビームの兼ね合いで時間が不規則になることもあり、休憩室に食べ物を用意しておいて手の空いた時間に食事をとる。テーブルに並ぶのはドー ナッツやクッキーなどのお菓子のほか、生ハムやチーズ、ハマスにパンなど。皆がそれぞれに工夫した?おやつが並ぶので、実験中の楽しみの一つだ。特に物理 士さんがたまに作ってきてくれる自家製のキュアドサーモン(サーモンを塩や砂糖、ハーブで数日しめたもの)は絶品で、もう食べられないのが心残りだ。
同僚の一人は以前この研究所で働いていたのだが、彼女はホワイトボードに芸術的な「落書き」を描いていた。ホワイトボードの更新とともに消されてしまう 運命だったのだったのだが、なんとその前に写真にとって保存してあり、新しいホワイトボードの横に額にいれられ、美しく飾られていた。こういう遊び心には 感心してしまう。
今回の実験は職員の人の家では未だ停電が続いていたり、電話も不通で連絡が取れなかったりという混乱の中だった。ある物理士さんは他の人が来れないため 連日長時間労働となっており、その上ガソリン不足で満足に家にも帰れず研究所に泊まり込んでいた。そんな状況だというのに、彼はちょっとした待ち時間にギ ターを奏でていた。周りの人も手を休めて聴いてしまう。こういう心の余裕はなかなか持てないと思う。

アメリカでの留学生活も長くなり、これは生活だと感じる事が多くなったように思う。当初は何事も新鮮で旅行のような感覚があったものが、慣れることで生 活になったような感触があるのだ。では旅と生活の境界はなんなのだろう、と考えたとき、アインシュタインの ”There are two ways to live: you can live as if nothing is a miracle; you can live as if everything is a miracle.” という言葉が思い出された。きっと旅と生活の違いは、もちろん環境に影響されるがそれ以上に自分の心のもちようの違いなのだろう。残 りの留学生活も、日本に帰ってからの生活も、旅のような新鮮さを失わなずに過ごせるように気を引き締めて頑張っていければと思う。

留学という貴重な経験をする機会を与えていただきました、中野教授をはじめ放射線科医会の皆様に心から感謝しております。